第297話『幼女の行進』

 俺たちは玄関の扉を開いた。

 そこに立っていたのは……。


《”とりっく・おあー・とりーとーぅ”!》


《む、娘ちゃん!? と、パパさん!?》


 夏ごろにバーベキューをご一緒した、親子が立っていた。

 娘ちゃんは大きな黒い帽子とローブをまとい、杖を持っていて……。


《”ハッピー・ハロウィン”、娘ちゃん。かわいい格好だねー》


《そうなの、そうなの! あのね、これね、まじょさんのかっこうでねっ!》


《申し訳ないね。うちの娘がどうしても、イロハちゃんたちのところへ行くと言って、聞かなくて。でも、電気も点いているようだったから》


《……あっ!》


 あんぐおーぐがなにかに気づいた様子で声を上げる。

 しかし、俺にはどうにもまだピンときていない。


《ねぇ、おーぐ。どういう意味?》


《そうか、日本のハロウィンじゃそういうのはないんだったか。こっちだと、ハロウィンの夜に家の電気を点けているのは特別な意味があってな》


《うん?》


《ほら、ハロウィンに来てほしくない人だっているだろ? だから、訪問していいかをそれで合図してるんだ》


《なるほど》


 言われてみれば、子どもが苦手な人だっているだろうし、準備してないのに来られたら大変だろう。

 そういう人は、ハロウィンの夜は電気を消して過ごすわけか。


《ワタシたち、玄関のライトをそのまんまにしてたから》


《そういうことだったんだ》


《わー、イロハちゃんたちも”おきがえ”してたのー? かわいーね!》


《えっ、あっ!? こ、これは!?》


 わ、忘れてた! 冷静に考えてこの恰好、かなり……その。

 今さら恥ずかしくなって、俺とあんぐおーぐは抱き合うようにしてもじもじと身体を隠した。


《えっと、ハハハ……さすがは日本だね。コスプレもすごくアニメチックというか、なんというか》


 ぎゃ~!? パパさんの苦笑いとフォローが耳に痛い!?

 ちがうんだ! この恰好は決して俺の趣味ではなくって!?


《それにその、ふたりきりの……秘密の時間をジャマして申し訳なかったね。ほら、ボクたちはもう行こうか》


 パパさんが娘ちゃんをそう、やさしく促していた。

 待って!? すごい勘違いされてる!


 べつに俺とあんぐおーぐは、ふたりで”ヘンな”ことをしようとしていたわけじゃ……なくもないけど!

 けど、とにかくちがうんだーっ!?


《ヤっ! ”とりっく・おあー・とりーとぅ”するの!》


《あっ。そ、そうだよね》


 そういえば、まだお菓子を渡していなかった。

 ちょうど、俺があんぐおーぐ対策に買ってきていたのがあるから、それを渡すことにしよう。


《ちょっと待ってねー。今、お菓子を持って来るから》


《ちーがーうー。そうじゃなくて、イロハちゃんたちもいっしょにおかしもらいにいくのー!》


《……えっ?》


《イロハちゃんたち、しらないのー? ”こども”はねー、おかしをあげるんじゃなくて~、おかしをもらえるんだよー?》


《えぇえええ~っ!? い、いや娘ちゃん!? ちがうよ!? わたしたち子どもじゃなくて、もう大人で……、ハッ!?》


 言いながら俺は思い出した。

 そういえば、あのバーベキューのとき……マイとあー姉ぇはそれぞれ、娘ちゃんから「マイねぇちゃん」「あーねぇちゃん」と呼ばれていたのに、なぜか俺は「イロハちゃん」呼びだったような?


 おままごとも最初、年下役を命じられたし……もしかしなくても、勘違いされてる!?

 俺とマイは同い年なんだが!? いや、たしかに発育の差はついさっきも、見せつけられたばかりだけど!


《ハハハ。オイ、イロハ”ちゃん”。オマエ一緒に行ってこいよ。子どもなんだから》


《なぁっ!? わ、わたしだってもうハイスクーラーなんだけど!? 子どもって年齢じゃないでしょ!?》


《ぎ、ギリギリセーフだって、多分! どうせ見た目はちんまいんだし!》


《それを言うなら、おーぐだって似たようなもんでしょ!?》


《なっ、なにおうっ!? ワタシはもう立派なレディーだが!? それに娘ちゃんのご指名はオマエだろ!》


《ふたりとも、ちっがーう! イロハちゃんも、おーぐちゃんもいっしょなの~っ!》


《ま、待ってくれ娘ちゃん。その呼びかたは、外でされるとちょっとワタシ困るというか!?》


 あんぐおーぐが俺にコツンとおでこをぶつけ、ヒソヒソと交渉をはじめる。

 切羽詰まった表情をしているが、そんなの俺だって一緒だ。


《イロハ、頼むからオマエが行ってくれ! ワタシは行くの、本当にムリだぞ!? こんな恥ずかしい恰好で外に出られるかっ!》


《わたしだってそうだよ!? それに……そう! これから配信を見ないといけないし!》


《オマエ、逃げようとするな!?》


《ち、ちがうもん! これは、いわばファンの義務や宿命で……》


 そんな俺たちの様子を見かねてか、パパさんが助け舟を出してくれる。

 やさしい声音で娘ちゃんへ言っていた。


《こら。あんまりワガママを言っちゃいけないよ。イロハちゃんたちも困ってるだろう?》


《《パパさんっ……!》》


 だが、娘ちゃんには切り札が……いや、とっておきの魔法があった。

 彼女ののどが「ひっく」としゃくりを上げ……。


《ふぇえええ~んっ! ちがうもん~、ワガママじゃないもん~! ただイロハちゃんとおーぐちゃんもいっしょだったら、たのしいって、そうおもっただけだもんぅ~! ふぇえええ~んっ!》


《泣いたってダメだよ。ほら、もう行――》


《《……い、一緒に行きます。行かせてください》》


 俺とあんぐおーぐは観念した。俺たちもちょっと泣いた。ちがう意味で。

 一方で、娘ちゃんはすぐにケロっと笑顔になっていた。


《わーい! じゃあ、はやくはやくーっ!》


《……む、娘が申し訳ない》


《《い、いえ》》


 俺は思った。女の子ってのは生まれたときから魔性なのかもしれない、と。

 そして……。


   *  *  *


《……と、トリック・オア・トリートぉ~っ!》


 俺はコスプレ姿で、顔を真っ赤にしながら他人の家の玄関に立っていた。

 は、恥ずかしい~~~~っ!?

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