第353話『墜落』
《イロハちゃん。ほら、窓の外》
シークレットサービスの女性に言われて視線を向けると、軍人のみんなが敬礼で見送ってくれていた。
俺もつられて敬礼を返した。
飛行機が発進し、グングンと加速していく。
軽いから、それだけスピードが乗るのも早いらしい。
機体が大地を蹴り、地上から飛び立つ。
そうして、俺たちはすこし予定から遅れながらアメリカを離れたのであった――。
* * *
《ミス・イロハ》
フライトアテンダントがやってきて、安定飛行に入ったことを伝えてくれる。
俺はシートベルトを外し、ぐぐぐっと背伸びをした。
《お飲み物をお持ちいたします。ご希望はございますか?》
《えーっと》
とくに好きなものとかないから、こういうとき困るんだよなぁ。
でも、水って答えるのも……、あっ!
《じゃあデデカミンを》
現在、ちょうどVTuberとコラボ中でシールを集めるとグッズをもらえるのだ。
って言ってから気づいたけど、さすがにそんなのあるわけ……。
《かしこまりました》
《あるの!?》
《事前に私どものほうで、好みなどをお調べしておりまして》
まるで高級なワインでも注文したかのようにラベルを見せてから、グラスに注いでくれた。
そのまま、肝心の応募券シールの張られたボトルをテーブルに置いてくれる。
ば、場違いすぎてなんか申し訳ない。
しかし、フライトアテンダントは気にした様子もなく訪ねてくる。
《お食事も用意しておりますが、今すぐお持ちしてもよろしいでしょうか?》
言われて、ぐ~っとお腹が鳴る。
なんだかんだ、そろそろお昼ごはんの時間か。
《あ、じゃあお願いします》
《かしこまりました。アレルギーなどは……》
なんと隅々まで行き届いたサービスだろうか。
すぐにテーブルに食器が並べられていく。
……あの、ここ本当に高級レストランとかじゃないよね?
機内に厨房でもあるのかと錯覚するような出来栄えだった。
「い、いただきます」
ぱくっ、と口に運ぶ。ビックリするほどおいしかった。
ほんと、どうやってこれだけのものを用意したんだろう?
出発の前に完成させておいて、それを盛りつけているだけ?
にしては、さっきアレルギーを確認されたような?
《ぱくっ、ぱくっ……もぐもぐ》
いや、事前に好みなんかを調べてると言っていたな。
ならば、ある程度は準備しておいて細かな調整だけは機内でしているのだろうか?
うーん、わからん。魔法でも使ってるのか?
俺にわかるのはこの料理がおいしいということだけだ。
《お口に合ったようで幸いでございます》
《まさかアタシまでごちそうになれちゃうだなんて。役得、役得》
となりでシークレットサービスの女性も料理に舌鼓を打っていた。
本来、護衛はこんな高待遇ではないそうだが……俺と仲が良いから、と同じものが食べられるように手を回してくれたのだそうだ。
実際、俺ひとりだけ豪華な食事をしていたら気が引けていただろう。
俺が気持ちよく食事できるように、ってほんとサービスが良すぎて逆に怖い。
《ミス・イロハ。目的地に着くまでの間、映画でもご覧になられますか?》
《あ、いえ!? 自前で用意してきたのがあるので大丈夫です!》
飛行機の中でヒマにならないよう、たっぷり動画や配信をダウンロードしてきている。
事前にWi-Fiがあると聞いていたが、万が一見られないなんてことがあったら死活問題だから、念のため。
《そうおっしゃると思っておりました》
《えっ。なるほど》
どうりで、さっきまでのサービスに比べ、急にピンとこないのがきたなと思っていたら。
あえて断りやすいようにそのような提案をしたのかも。
……あとは国際ライブに向けて曲も覚えておかないと。
収録まで、もうあまり時間がないんだよぁ。
《あはは。イロハちゃん、VTuberを見るのもいいけれど機内ですこし休んでおいてね。向こうについたあとは、慌ただしくなると思うから》
《えっと、先方の国内を見て回る……視察? するんでしたっけ?》
《そうそう》
なぜ今回、国を直接訪問する必要があるのかというと「どうか我が国の現状を実際に見て、世界に伝えてほしい」という相手の意向があったからだ。
ほかにもインフラ的な問題もあったり……。
と、いうのはおそらく建前。
大統領が動くくらいだから、実際には外交的に重要な意味があったのだろう。
《まぁ、わたしにもわたしの目的があるし、べつにいいけどね》
じつは訪れる国というのがちょうど、コンビニで強盗事件を起こした人の故郷だったりする。
約束、しちゃったからなぁ。
《どのくらいで目的地に着くんでしたっけ?》
《そうだね。だいたいこれくらいで……、飛行ルートはアマゾンを横断して……》
そんな確認を取ってから、俺は推しの動画を見はじめた。
彼女たちを見ていると時間はあっという間に過ぎた。
いわゆる相対性理論だな。
逆にストーブに手を置きながら動画視聴すれば、時間が無限になったりしないかな?
そんなことを考えているうちに、俺はウトウトとしてくる。
シークレットサービスの女性の忠告に従うべく、俺は睡魔に抗わずまぶたを下ろし……。
* * *
――ドォオオオン!
という大きな音と激しい揺れで目を覚ました。
身体が宙に浮いていた。
世界から重力が消えていた。
万有引力の法則に逆らうかのように、機内をコップや人が舞っていた。
《なっ、えっ……!?》
なにが起きているのか、頭が追いつかない。
どちらが上で、どちらが下かすら判断がつかない。
『メーデー! メーデー!』
機長の声が聞こえる。
そのとき窓の外の景色がチラリと視界に入った。
飛行機の翼から煙が上がっていた。
そして……真ん中あたりから先が、なかった。
《イロハちゃんッ!》
シークレットサービスの女性が俺に覆いかぶさろうとしている。
俺が覚えているのはそこまでだった。
ガッ! と頭に衝撃。
キーンと耳鳴りのような音とともに、俺の意識はブラックアウトした――。
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