第354話『医療系VTuberの教え』


「……うっ」


 俺は動物の鳴き声と身体の痛みで意識を取り戻した。

 ゆっくりとまぶたを開き……。


「ここは、いったい」


 視界は茶色と緑ばかりだった。

 やけに薄暗くてジメジメとしている。


 視線を上方へとズラすと、分厚い葉っぱと枝の層で日の光が遮られているのがわかった。

 その小さな切れ目から、ほんのちょっとだけ空が見えていた。


「そうだ、飛行機……爆発音がして、翼がなくなってて。……墜落したのか?」


 背中にはふかふかとしたシートの感触。

 それが逆に、自分が飛行機に乗っていたことも墜落したことも、夢ではなく現実だと伝えてくる。


 あの高級ホテルのようだった壁や天井は失われていた。

 いまやオープンテラスだ。


 ……頭がぼんやりする。

 状況を確認するだけでも、ひどく体力を消耗した。


「うっ!?」


 額がズキリと痛み、うめき声がこぼれる。

 触れると、指先が赤く濡れた。


「あぁ、そうだ。それで意識を失ったんだった」


 頭をぶつけたか、あるいはなにかが飛来してきてぶつかったのか。

 まぁ、どちらも似たようなもんだ。痛むのは当然。


「よかった、幸いにも出血は少なそう。けど、こんな傷をおーぐたちに見られたら、また怒られちゃうな」


 一番は頭の傷だが、体中のあちこちに打撲と思しき鈍い痛みがあった。

 正直、ヒドいコンディション……いや、逆か。


「むしろ、よくこの程度で済んだもんだ」


 というより、生き残っているだけで奇跡な気がする。

 よかった、本当に良かった……おかげでまだ、VTuberを見られる。


「シークレットサービスの人が守ってくれたおかげだな」


 そう意識を失う直前に見た光景を思い返しながら、身体を起こそうとして……。

 ズルリ、と俺に覆いかぶさっていたなにかがずり落ちた。


 そのまま斜めになっていた床をすべっていき、ドサリと地面に転がった。

 ゾワっ! とイヤな予感で、背中から汗が噴き出した。


「……ぇ?」


 それはシークレットサービスの女性だった。

 俺は躓きながらも、彼女のもとへと駆け寄った。


「だ、大丈夫ですか!? しっかり!」


「……う、うぅっ」


「ほっ」


 よ、よかった。最悪の想像をしてしまったが、どうやら死んではいないみたいだ。

 しかし、俺とは比べものにならないくらい大ケガをしていた。


「俺を庇ったからっ……!」


 それがシークレットサービスの仕事だ。

 彼女は職務をまっとうし、俺を衝撃や飛来物から守り続けてくれたのだろう。


 おかげで、ひ弱であるはずの俺がこんな軽症で済んで、生き残っている。

 だが、このままじゃ……。


「だれか! だれかいませんか!? パイロットさん! フライトアテンダントさん! ……けほっ、こほっ」


 かすれた声で叫ぶ。だが返事はない。

 きっと、まだ機内に……と振り返り、俺は動きを止めた。


「な、い」


 操縦席がなかった。

 というより、機体の大半は失われており、残っている部分のほうが少なかった。


「……はっ、……はっ」


 あの紳士的だったパイロットたちがいったいどうなったのか、イヤでも想像がついてしまう。

 記憶がフラッシュバックする。


「うっ……!?」


 ビチャビチャと地面に胃の内容物を吐き出した。

 あぁ……せっかく、あんなにおいしい機内食だったのに。


「エンジンの故障? なにかと衝突? あるいはミサイルにでも撃たれた? はたまた……爆弾?」


 なぜ、こんなことになったのか。

 それを知る術は俺にはない。


「おーぐ、マイ、あー姉ぇ、イリェーナ……」


 自然と彼女たちの名前が口からこぼれていた。

 なぜか、すこしだけ冷静になる。


「はぁっ……、はぁっ……落ち着け」


 この状況で心が折れたら、それこそ終わりだろ。

 だいたい、今は原因なんて考えている場合じゃない。


「それに、まだ死体を直接見たわけじゃ……彼らが死んだと決まったわけじゃない」


 俺は気を失っていたから、あのあとどうなったのか知らないのだ。

 パイロットたちは特別な訓練を受けた軍人だと言っていた。だからきっと……。


 そう希望的観測で思考を前向きにする。

 今はやれることをやるしかない。生きて帰るために。


「手当て、しないと」


 シークレットサービスの女性は、とくに足からの出血がヒドかった。

 だが、傷を塞ごうにも道具もなにもない。


 医療系VTuberの言っていたことを順番に思い出す。

 いつだって俺を助けてくれるのはVTuberだ。


「大丈夫。落ち着いてやればできる、はずだ」


 人の命という重みで手が震えていた。

 だが、今ここには俺しかいない。俺がやるしかないのだ。


「まずは、傷口を心臓より高くして……」


 それから、俺は上着を脱いでシークレットサービスの女性の傷口に押し当てた。

 こうやって直接圧迫し続ければ血が止まるはず……。


「だ、ダメだ……俺じゃあ、力が弱すぎる。いったいどうすれば……あっ」


 地面に転がっていた枝を見つけて、それに飛びついた。

 傷口ではなく心臓に近い部分を縛り、棒を間に差し込んでグルグルと回した。


 いわゆる、止血帯を作る。

 この方法なら力の弱い俺でも、なんとか……。


「……ほっ」


 どうやら効果があったようだ。

 だが、この程度の応急処置じゃいつまでもつかわからない。


「なんとか時間を稼がないと」


 シークレットサービスの女性が飛行ルートについて教えてくれていた。

 それによれば、おそらくここはアマゾンの熱帯雨林だろう。


「きっと、だれかが俺たちの救助に来てくれるはず。探してくれているはず。けど、いつになるか」


 このままじゃ、彼女の身体がもつと思えない。

 俺は重い身体を引きずりながら、使えるものを探すため飛行機の残骸へと足を踏み入れた――。

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