第355話『熱帯雨林の長い夜』
なにか手当てに使えるものはないか。
俺はそう、飛行機の残骸へとよじ登るようにして入っていった。
「痛っ……」
途中、破片で軽く手を切ってしまい、じわりと血が滲んだ。
だがその程度のケガで立ち止まっているヒマはない。
「はぁっ……、はぁっ……」
傾いた床は移動するだけでも一苦労だった。
それに、改めて見ると機内はヒドいありさまだ。
まともなものは、もうなにも残っていないんじゃないか?
そう諦めかけたとき……。
「っ!? マジか、こんな幸運があるだなんて!」
俺は機内で、映画ではなくスマートフォンにダウンロードした推しの配信を見ていた。
その際にフライトアテンダントさんに勧められて、モニターに接続して大画面で視聴していたのだが……。
ぶらんとケーブルが垂れている。
割れたモニターから繋がったその先に、俺のスマートフォンが揺れていた。
「あぁっ……!」
震える手でそっとそれを抱き寄せる。
電源が……点いた。それはまるで希望の光のように思えた。
そこから探索を続けると、機体備えつけの収納から自分のカバンも発見した。
幸運が続いていた。しかし……。
「彼女のカバンはない、か」
シークレットサービスのカバンが見つかっていれば、医療キットくらいは入っていたかもしれないのに。
あいにく、ほぼ日帰りの予定だったから俺は大したものを持ってきていないのだ。
俺のカバンに入っているのは、せいぜいが絆創膏や酔い止めくらいで……。
と、そこで俺はカバンを漁る手を止めた。
「ん? なんだこれ?」
見覚えのない荷物に首を傾げる。
ラッピングされたプレゼントボックス。そこには数字が書かれていて……。
「あぁ、おーぐの仕業か」
数字を見るに、明日の分のアドベントカレンダーのようだ。
どうやら荷物の準備を手伝ってくれたときに、こっそりと忍ばせたらしい。
だが残念ながら今、役に立つものではないだろう。
ほかになにかないか、とカバンを漁って出てきたのは……機内で出してもらった、飲みかけのデデカミン。
「……ごくり」
生唾を飲み込んだ。
とても、のどが渇いていた。それに嘔吐したせいで口が気持ち悪い。
俺はデデカミンのキャップをひねりかけ、しかしギリギリで踏みとどまった。
なにせ見つかった飲食物はこれしかなかったのだ。
「……」
俺は誘惑を振り切ってそれをカバンにしまうと、シークレットサービスの女性のもとへと戻った。
それからカバンの中に入っていたタオルや絆創膏で、できるかぎり彼女の手当てを行い……。
* * *
「やっぱり繋がらない、か」
俺はスマートフォンを見下ろしながら嘆息した。
当然のように、表示されていたのは『圏外』の文字だった。それに……。
「衛星通信もダメだな」
いつかスターリンクの話をしたこともあるが……。
じつは現代のスマートフォンには、それ単体で衛星通信を行えるだけの機能が備わっている。
Wi-Fiもモバイルデータ通信も使えないときだけ『緊急SOS』のアイコンが表示されるのだ。
それによって衛星を介して位置情報を送信し、助けを呼ぶことができる。
……はずなのだが、何度やっても成功しなかった。
『衛星の方向に向けてください』と言われ続けてしまう。
「アマゾンは有効圏外? それともやっぱり木々がジャマなのか?」
頭上を見上げても、ほとんど空は見えない。
逆にいえば、空からも俺たちの姿は見えないわけで……。
「……っ」
イヤな想像が脳裏をよぎった。
まさか、このままだれにも見つからないんじゃ、なんて。
しかし、今の俺にはこれ以上できることがなかった。
ただ、待つことしかできなかった。
……薄暗い森の中は、想像よりもずっと早く夜がやってきた。
* * *
「……っ!」
野生動物の鳴き声で、ビクっと俺は顔を上げた。
それから慌ててシークレットサービスの女性の容態を確認し、ホッと息を吐く。
こんなことを日が落ちてから、何度も繰り返していた。
大自然の中では、夜は俺たち人間の敵でしかなかった。
「そうだ、止血帯を緩めないと」
セットしていたアラームを止め、スマートフォンのライトを頼りにシークレットサービスの女性を介抱する。
止血帯は30分ごとに一度緩めて、身体の末端に血液を送ってあげないと壊死が起こるそうだ。
俺には医療の知識なんてないが、VTuberの発言に対する記憶力だけなら自信があった。
こんな使いかたをするなんて、思ってもみなかったけど。
「うぅっ……」
「すこしでも飲めますか?」
シークレットサービスの頭を持ち上げて膝に乗せ、デデカミンを唇に垂らす。
彼女はケガの影響かつねに大量の汗をかいていた。
少しでも水分を補給させないと、いつ脱水症が起こってもおかしくないと思った。
でも……。
「いつになったら夜が終わるんだ?」
いつも配信を見ていると1日があっという間だった。
時間が足りない、もっと夜が長ければいい。そう思っていたのに。
意識がもうろうとする。
シークレットサービスの女性を介抱しなければならず、俺は満足に眠れずにいた。
「いや、どのみち熟睡はできなかっただろうけど」
ずっと虫が俺たちの身体に集ってくるし、草木のざわめきもうるさい。
そしてなにより、野生動物の息遣いをすぐ近くから感じるのだ。
俺たちの様子をうかがっているようだ。
もしかしたら、血の匂いにでも誘われたのかもしれない。
「眠い。寝たい。休みたい……」
今なら、あー姉ぇと同じベッドでだってよく眠れそうだった――。
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