第175話『お料理の鉄人』

「シンクの排水溝についてないカ?」


 言われて俺は、覗き込む。

 すると排水溝の穴の中には、ミキサーみたいな刃がついていた。


「なるほど、これがディスポーザー」


「言うなれば生ゴミ粉砕機だナ。粉々にしたラ、あとはそのまま下水に流せるゾ」


「へぇ~。って、生ゴミを流しちゃってもいいの!?」


>>アメリカの下水処理は生ごみにも対応しているからね(米)

>>日本でもついてるマンションとかあるくない?

>>あれは専用の設備が必要なんじゃなかったかな


「アメリカだとほとんどの家についてるゾ」


「はぇ~。こっちの家って最初から設備が充実してるよねー。オーブンや食器洗い機も大きいのが備えつけられてるし。あとは洗濯機と乾燥機の二段ドラムもついてたし」


「もちろん家にもよるけド、基本的には標準装備だナ。日本だってコンロのついてない家ってほとんどないだロ? その延長線みたいなもんダ」


 俺はそんな話を聞きながら、ディスポーザーに生ゴミを放り込んでいく。

 スイッチを押すと、ヴィイイイン! とすさまじい音を鳴らして動きはじめる。


「おわっ!? うるさっ!?」


 アメリカがなんでもハイパワーだよなー。

 これならでもなんでも、簡単に砕けそうだ。


「間違っても手をツッコむなヨ。一応、このアパートのはフタを閉めなきゃ動かないようになってるかラ、ワザとでもなきゃそんなことにはなりえないガ」


「うわー、想像もしたくないね」


 と言いつつも、俺の中でのイメージはむしろそっちだった。

 鳥のヒナじゃないけれど、刷り込みの影響って大きい。


 しかしこれ、日本にも欲しいな。

 すぐに生ゴミを処理できるから、溜まりにくいし臭いもない。


 便利で、衛生的だ。

 環境にいいのかどうかは……俺にはちょっとわからないが。


「おーぐー、交代。こっちはあと、ほとんど待つだけだから」


「ついに来たカ、ワタシの時代ガ!」


「まぁ、精々がんばって――」


「できタ!」


「!?!?!? いくらなんでも早すぎない!?」


 いやほんと、体感そのくらいだった。

 待ち時間にと用意していた、アメリカ訪問時のエピソードを視聴者に話しはじめるよりも早かったんだが。


「こんなに短時間で料理が完成? あのおーぐがまさか、そんなにテキパキと? ひとり暮らしの経験もあるし、まさか本当に料理にこなれていた?」


「それは見てのお楽しみ、ってやつだナ! ほら、イロハも仕上げがあるんだロ?」


「う、うん」


 俺は炊きあがったご飯をチェックし、鍋にルーを投入した。

 あんぐおーぐは見えないようにフタをしつつ、すでに自分の料理をテーブルに運んでいる。


 さて、一体勝負の行方は……!?

 負けられない戦いがそこにはあった――。


   *  *  *


「というわけで、お待たせしましたー。料理の完成です!」


「じつハ、もう匂いでバレバレなんだけどナ」


「それはご愛嬌でしょ」


 配信の都合上、ふたりで肩を並べてテーブルにつく。

 いよいよ料理のお披露目だ。


「それじゃあ、先攻のわたしから。これぞ、わたし作の”カレーライス”だ!」


「オぉおおお~!? スッゲー、めっちゃうまそウ!」


 視聴者にもわかるよう、映り込み対策で加工した写真を配信に上げた。

 ゴロっとした肉や野菜が丸ごと・・・入った、豪快なカレーだ。


>>ジャパニーズカレーだ!(米)

>>アメリカでカレーって言ったら、インドカレーばっかりだもんな(米)

>>よかった、少なくとも見た目はちゃんと料理になってる


「唯一、福神漬けが手に入らなかったのだけは心残りだけどね。さすがにそこまでは売ってなかった。あと、せっかくだからアメリカの食材を使ってみた」


「ンっ?」


「ほらとくにこの小さい人参とか」


「アー、ベビーキャロットだナ。そういえば日本じゃ売ってないかモ」


 名前のとおり、小さくて丸っこい人参だ。

 てっきり元からこういう形なのかと思っていたが、じつは機械で加工されて丸っこくなっているのだとか。


 日本では見かけないが、アメリカだとスナック感覚でポリポリと食べられて人気らしい。


「せっかくだからそれに合わせて、玉ねぎとじゃがいもも小さいやつ使ってみたよ」


 冒険した……というわけではなくて、日本と同じ食材が見つからないからいっそ、というやつだ。

 とはいえカレーだし、そこまで味は変わらないだろう。


>>ペコロスとかベビーポテトっていうんだっけ

>>あれれ~、おかしいぞ~?

>>これ、いったいどこで包丁を使ったんだ???


「い、イロハ?」


「急に不安そうな顔になるのやめてくれる? 玉ねぎだってヘタ? 茎? とかあるでしょ」


「そ、そうだよナ……ウン」


「それよりほら、食べて食べて!」


「わかってるっテ。い、いただきまス」


 あんぐおーぐが意を決したようにスプーンを口へと運んだ。

 一秒、二秒……しばし沈黙する。


「どうどう? なかなかおいしいでしょっ?」


「こっ……」


「『こ』?」


「これじゃなイ!!!!」


「なにその感想は!?」


 おいしいとか、おいしくないとかじゃないのか、普通!?

 すくなくとも、そんなに悪い出来じゃないはずなのだが。


「いヤ、飛び抜けてマズいとかではないんだガ。絶妙ニ……なんというカ、”雑”だ! ルーがシャバシャバで味も薄イ! 野菜も芯が残ってル! ご飯も硬イ!」


 言って、あんぐおーぐは手で波を作ってみせる

 ”まぁまぁ”とか”そこそこ”を意味するジェスチャーだ。


「そんなバカな!? あっ、でもそういえば味見してない」


「オイ」


 言われて、俺も食べてみる。

 うっ……た、たしかにこれはマズくもないけど、って感じ。


 日本と同じように調理しても、日本と同じ味にはならないんだな。

 慣れない調理器具や水質の影響もあるだろう。あとは予想外に煮込み時間が足りてなかったり。


「いやでも、そんな微妙な顔するほども悪くはなくない!?」


 十分に食べられる出来栄えだ。

 まぁどうせ、お腹に入れば栄養価なんて変わんない……おっと、思わず本音が。


「オマエらイロハがちゃんとしてると思ってないカ? 全然そんなことないからナ!? コイツ、VTuberのこと以外となると途端にテキトーだかラ!」


>>たしかにおーぐの評価、間違ってなさそうwww

>>なんというか”お父さんがたまに作ってくれる漢料理”感があるな

>>イロハはおーぐの旦那だからね、仕方ないね


「いやいや、ちがうからね!? これはおーぐの舌が厳しすぎるだけで」


 言いながら、俺はハッとした。

 もしかしてあんぐおーぐって、生まれがいいからめちゃくちゃグルメ・・・なのか!?


 だとしたら、料理ができるというのも本当?

 い、イヤだ……! あんぐおーぐなんかに負けたくない!

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