第176話『共働きと手料理』


「それじゃア、いよいよワタシの番だナ! よーく味わうんだゾ!」


 言って、あんぐおーぐが自身の手料理をお披露目した。

 俺のカレーライスをあそこまで貶したのだ。よっぽどの自信作のハズ……なの、だが。


「こ、これは……なに?」


「知らないのカ? これはアメリカの家庭料理のド定番――”マッケンチーズ”ダ!」


「いやいや、それは知ってるけど。そうじゃなくて!?」


 マッケンチーズとはその名のとおり、マカロニにチーズソースを絡めた料理だ。

 作りかたは非常にシンプル……なのだが、一応あんぐおーぐにも確認する。


「これ、どうやって作ったの?」


「エ? こうやっテ」


 言って、あんぐおーぐは空き箱・・・を見せてきた。

 そこには商品の作りかたが記載されていた。


「やっぱり手抜き料理じゃねーか!?」


「ハぁあああ!? そんなことないだロ!?」


「いや、マッケンチーズ自体は悪くないよ? けど、わたしの料理をあれだけ酷評しといてこれ!?」


「そんなこと言うなら食べてみろっテ! ここのメーカーのは結構イケるんだかラ!」


「メーカーって言っちゃってるし!?」


 俺は「まぁ、一応」と両手を合わせてから、それを口へと運んだ。

 もぐもぐと咀嚼すれば、濃厚なチーズと独特なもっちゃりとした触感……。


「ナっ? ウマいだロ? ウ~ン、さすがワタシ。会心の出来ダ!」


 あんぐおーぐはそういって、口元で花を咲かせるような動作をした。

 いわゆる”シェフの口づけ”……アメリカ人が自分の料理を自画自賛するときのジェスチャーだ。


「いや、たしかにおいしいよ? おいしいんだけど……全然、納得いかねぇ~!? レトルトは手料理には入んないでしょ!?」


「ナぁっ!? これだってちゃんとした家庭料理なんだゾ!?」


「ちゃんとした、ねぇ? そんなわけ……」


 そう否定しようとしたのだが、意外にもコメント欄はまっぷたつに分かれていた。

 見事に日本人とアメリカ人で正反対のリアクションをしている。


>>さすがにそれを手料理と言い張るのはムリがあるだろw

>>いや、十分に手料理だろ(米)

>>俺の”家庭の味”もそれだわ(米)


「あ、あれ?」


 聞けば、日本とアメリカではかなり料理に対する価値観がちがうらしい。

 アメリカではちょっとしたものを作るだけでも、十分に『料理した』扱いになるそうだ。


「ワタシたちはテイクアウトやレトルト、冷凍食品にそこまで悪い印象を持っていないからナ」


「え~? さすがに手料理のほうがいいと思うんだけど」


「ん? どうしてだ?」


「どうしてって聞かれると困るけど、愛情とか栄養価とか?」


「”楽”をすることは”悪”じゃないゾ。同じようニ、手間と愛情もイコールじゃなイ」


 聞けば、アメリカでは日本とは段違いに共働きが多いそうだ。

 そうなると……たしかに。


 夫婦ともに働いていて、そのうえで手料理まで作るのは大変だ。

 子どもたちも「親の負担が減るならいいんじゃない?」くらいの感覚らしい。


 お金を稼ぐことも、料理に手間をかけることも。

 ベクトルがちがうだけで、どちらの愛情にも優劣はない。


 だから、日本のように『手料理が前提』という風潮もないそうだ。

 手料理もレトルトも全部、等しく選択肢のひとつなんだと。


「ただシ! さっきイロハも指摘しタ、栄養価についてはなんとも言えないがナ!」


「やっぱりダメじゃん!?」


 あんぐおーぐの理屈はわかった。

 その上で言うが……。


「だとしてもこれでよく、わたしのカレーライスを酷評できたな!?」


「じゃあ聞くけド、イロハはどうやって味付けしたんだヨ」


「……市販のルーだけど」


「同じじゃーねカ!?」


「そこを突かれると痛いけど! それとこれとはちがうでしょ!?」


「同じだロ! 逆にどこがちがうんだヨ!」


「そう言われると答えられないけど!」


 価値観の共有ってのは難しいもんだ。

 とはいえ、レトルトで満足してるコイツのいったいどこがグルメなんだ、とは思う。


「まったク、イロハのカレーは全然なっちゃいなイ。ココカリーやコンビニのカレーライスはもっト……」


「……あ?」


「ア」


>>あっ(米)

>>人の手料理をチェーン店や市販品と比べるのはさすがに

>>これは、やっちゃあいけない失言をしちゃったね?


「あ~、そういうことか。よーくわかったよ、おーぐ」


「ち、ちがうんだイロハ。今のは言葉のあや・・デ」


「うんうん、やっぱり”プロ”の料理はおいしいよね~?」


 俺はようやく理解した。

 コイツ、グルメなわけじゃねぇ……日本にかぶれて厄介ヲタクになってるだけだ!


 あるいは”日本料理警察”と呼んでもいい。

 カレーライスはこうじゃないとダメ、みたいな固定観念ができてしまっている。


 まぁ、たまに帰国子女や海外旅行から帰ってきた人が陥るアレだな。

 日本でも「アメリカでは~」と持ち出しちゃう人はいるだろう?


 あんぐおーぐもようやく、自分がそういう病にかかっていたことを自覚したようだ。

 が、もう遅い。


「そっかー、ごめんねー。さすがに本場の味・・・・には敵わなくってー」


「そ、そういう意味じゃなくてだナ!? え、えーっト……ウン! よく味わってみたラ、このカレー悪くないナ! なによりイロハが作ってくれタ、っていうよろこびガ」


「よかったよかった。わたしのカレー”も”おいしいみたいで」


「うグっ!?」


>>失言に失言を重ねていくwww

>>これはおーぐが悪いw

>>失敗した手料理と、失敗のないレトルト……うーん、どっちもどっちだな


 よくよく考えると、あんぐおーぐがグルメなわけがなかった。

 もちろんマズいとは言わないが、チェーン店の牛丼なんかをよろこんでいた舌だし。


「イロハ……またオマエの手料理が食べたいナー、なんテ」


「今後の食事は全部、出来合いにしようね」


「ワタシが悪かったかラぁ~!?」


 あんぐおーぐはそう叫んで、泣きついてきた。

 まったく仕方ないなぁ……と、俺はにっこり笑ってやった。


「イロハ、もしかして許して……」


「出来合いじゃなくて、おーぐが作るのでもいいよ? おーぐが料理できるかどうか不安だったけど、レトルトや冷凍食品なら失敗する心配もないもんね!」


「イロハぁ~!?」


 あんぐおーぐは崩れ落ちた。

 ……まぁ、これくらいお灸をすえれば十分だろう。


 これで今後・・、俺の手料理にも必要以上の文句は言わないだろうし。

 けど俺も大概、彼女に甘いな。


 だが、仕方ない。

 なんたってイチ推しという最大の弱みを握られているのだから――。

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