第174話『あの子から目が離せない』

「今まで当たり前にあったから忘れてたけど、炊飯器なんて日本にしかないよなぁ」


 あんぐおーぐとの料理対決、なのだが……うっかりしていたな。

 といっても飯盒炊爨なんかで、炊飯器以外でご飯を炊いた経験もないわけじゃない。


 ネットを見れば鍋で炊く方法も載っているだろう。

 だが、せっかく失敗しにくいメニューとしてカレーを選んだのに、これじゃあ本末転倒だ。


「ていうか、おーぐ『炊飯器も買っておいた』みたいなこと言ってた気がするのに。ねぇー、おーぐー!」


 俺はキッチンから大声で、あんぐおーぐに呼びかける。

 しかし反応がない。配信に必需だからと、防音性の高いアパートを選んだ弊害だな。


「仕方ない」


 緊急事態だし、と俺は自室へととんぼ返りした。

 そこには、ひとりで場を繋いでくれているあんぐおーぐの姿が……。


「ス~ハ~ス~ハ~。フッフッフ、イロハがいない間で部屋に入れることなんてめったにないからナ! 今のうちに堪能しておかないト!」


>>人のベッドの匂いを嗅ぐな!

>>あとでアーカイブ確認されたとき終わるぞ

>>イロハちゃんに通報しとくわw


「フフンっ、知らないのカ~? イロハは自分の配信は見返したりしないんだゾ。だからするなヨ? 絶対に通報だけはするなヨ!? バレたら出禁になるからナ! アッハッハ!」


 あんぐおーぐが俺のベッドでうつ伏せになって、枕に顔をうずめていた。

 俺はしばし、配信画面のコメント欄と彼女の背中を確認し……深く頷いた。


 これはどうやら、おしおきが必要らしい。

 入室許可さえあれば、室内でなにをしてもいいわけじゃない!


「イヤー、こんなところもしイロハに見られたラ……」


「お~~~~ぐぅ~~~~?」


「ソウソウ、こんなコワーイ声で絶対に怒らレ……いいい、イロハぁあああ!? ど、どうしてここニ!?」


 あんぐおーぐが跳ねるようにして起き上がる。

 ずざざっと俺の枕を抱きしめたまま、後ずさっていた。いや、それをさっさと手放さんか。


「どっ、どうしたんだイロハ!? こんなところでなにをしてるんダ! まさカ、もう料理ができたのカ? ……と、ところで笑顔がすっごく怖いんだガ」


「ん~? 不思議だね~? なんでだと思う~? それで、おーぐこそなにをしてるのかな~?」


「そ、それはそノー……ご、ごめんなさーーーーイ!」


   *  *  *


「ウウっ、めちゃくちゃ説教されタ」


「自業自得でしょー?」


 キッチンで作業をしていると、リビングのほうからあんぐおーぐの声が聞こえてくる。

 部屋にひとりにするとなにをされるかわからないので、監視のため引っ張り出してきたのだ。


 配信も場所を移動した都合上、デスクトップパソコンからノートパソコンへ移行している。

 おそらく大丈夫だろうが、念のためこちらにも変圧器を噛ませて使っていた。


「で、おーぐ。炊飯器ってないの? 『買った』って言ってなかった?」


「ちゃんと置いてあるだロー。といっても日本みたいにお米だけ炊くための専用……っていうのじゃなくテ、スチーマーに炊飯機能がついてるやつだけどナ」


「えっ。あ~、これが炊飯器代わりだったんだ」


>>なんかこういうの、夫婦味あっていいな

>>イロハちゃんの手料理楽しみ

>>どんなゲテモノが出てくるか……不安だ


>>けど、バレンタインにチョコ作ってなかったっけ?

>>あのときのチョコはアネゴがやらかしたおかげでね、台無しだったから……

>>つまり実力は未知数ということか


「子どもじゃないんだから。大丈夫だよー、みんな」


 俺はスマートフォンでコメント欄をチェックしながら、声を張って返事する。

 心配しなくたって、カレーなんてマズく作るほうが難しい。


「おーぐー、まな板と包丁どこー?」


「そこにあるだロー」


「お鍋はー?」


「ちゃんと戸棚を見ロ」


「あれー? 調味料ってどこにしまったっけ」


「ワタシは検索機カ!?」


>>なんか、ういういしさあっていいな

>>イロハちゃん進学校だったし、もしかして家庭科の授業なかったんじゃね?

>>というか、久々にお料理するお父さんっぽい?


 失敬な、ただ使い慣れないキッチンで戸惑っているだけだ。

 繰り返すが、俺は料理ができるんだ。


 よしじゃあ、いよいよお米を砥いだり、野菜を切ったりだな。

 俺は「ふんっ、ふんっ」と精一杯背伸びをしながら、作業を進めようとして……。


「おーぐ、踏み台ってどこ?」


「ア~、アメリカのキッチンってテーブルが高いもんナ」


>>かわいいwww

>>微笑ましいな、なんかw

>>逆にアメリカ人が日本へ行くと、ずっと中腰になってツラかったりするんだけどね(米)


 今度こそすべてが整い、俺はダンっ! ダンっ! と野菜をぶつ切りにしていった。

 カレーは具材が大きくても、それはそれでアジになる。


「い、イロハ!? すごい包丁の音してるけど大丈夫カ?」


「べつにちょっと食材が固いだけだよ」


「本当なんだナ!? 信頼していいんだよナ!?」


「はぁ、はぁ……。大丈夫、だって……」


「なんで食材を切っただけデ、息まで切れてるんダ!?」


>>おーぐハラハラで草

>>「切った」というより、「振り下ろした」みたいな音が聞こえてきてるんだけど!?

>>ケガしないか不安になってきた


 何度も言っているが、俺は人並みには料理ができる。

 この身体に筋力がなさすぎて、ちょっと大仰になってしまっているが。


 ほら、そうこうしているうちに肉と野菜を切って、炒めるところまで終わった。

 水を入れて、あとはしばらく煮る作業。


 ここいらで一旦、あんぐおーぐと交代するのが効率よさそうだ。

 と、その前に掃除しておかないと。


「おーぐ、生ゴミ用のゴミ箱ってどこー? 三角コーナーでもいいんだけど」


「そんなのないゾ」


「あ~、アメリカじゃあんまり分別とかしないんだっけ?」


「それもあるけド、生ゴミなら”ディスポーザー”があるだロ」


「ディスポーザー?」


 日本ではなじみのない言葉に、俺は首を傾げる。

 けれど、聞いたことはあった……具体的にはスプラッタ・・・・・映画で。


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