第173話『アメリカ領事館』

「そういえバ、そのあたりの話ってまだミンナにはしてなかったナ」


 俺がアメリカに来る前の話。

 状況が特殊すぎて、なかなかに苦労も多かったのだ。


>>領事館から呼び出し!?

>>完全にVIP対応やんけ

>>まぁ、ノーベル平和賞の受賞者が海外行くってなったらそうなるのか


「あっ、いや! ちがうちがう! そんな大層なものじゃないよ! ビザを取得しようとしたら、みんな領事館に行かなきゃ行けないの!」


>>そうなのか

>>知らなかった

>>俺も長期出張するときビザもらいに行ったわ


「いやー、領事館すごいねアレ。多分、あれほど身近に海外を感じられる場所はないと思う」


 まず領事館に入るのがめちゃくちゃ厳しい。

 条件がある、とかではなく物理的な話。


「荷物検査も受けたし、電子機器は全部オフで提出させられたし、金属探知にボディーチェックまで。ある意味、アレはかなり貴重な経験だよね」


 文字通り、あそこの敷地内は異国なのだ。

 ボディーチェックも軽くタッチするくらいなのかなと思っていたら、本気でまさぐられるし。


 アレは正直、ちょっと恥ずかしい。

 とくに俺の場合は、相手が同性・・だし。


「べつにボディーチェックくらい普通だロ」


「お前の日常と一緒にするなっ」


 まぁ実際、あんぐおーぐと一緒にいるとボディーチェックなんて見慣れてしまうのだけど。

 こっちは俺のなんちゃって・・・・・・とはちがう、本物のVIPだからな。


 べつひ俺自身、空港などでボディーチェックを受けた経験がないわけじゃない。

 ただ、日本でそれをされると感覚がバグる。


「で、資料や推薦状を提出して、領事館で面接を受けてオッケーがもらえたらビザを発行してもらえる、って流れ。ただ、みんな気をつけてね。言ったとおりそこは”アメリカ”だから」


「ン? ほかにもなにかあったっケ?」


「館内での通貨……ビザの発給手数料って、ドル払いでしょ? わたし持っていくの忘れちゃって。まぁ、カードさえあるならわりとなんとかなるけど」


「そういうとこロ、イロハは”オッチョコチョイ”だよナ」


「おーぐには言われたくないけどねー」


>>なるほど、イロハちゃん未成年だからクレジットカードないのか

>>家にわざわざ取りに戻って、もう一度厳重なチェックを受けるのはメンドいな

>>領事館内で為替とかできないの?


「あっ、誤解させてごめん。さっきのは、わたしはカードがあったから”なんとかなった”っていう意味。といってもクレジットカードではないんだけど」


 クレジットカード以外にも、ドル決済できるカードはわりとある。

 俺みたいに中高生でネット注文を多用する人間にとっても、非常に便利なシロモノだ。


 たとえばデビットカード。

 即座に口座から引き落とされるという差はあるが、基本的な使いかたはクレジットカードと変わらない。


 あるいはプリペイドカード。

 使い捨てやチャージして使うなどの差はあるが、こちらも使いかたはほとんど同じ。


 どのみちアメリカへ来ると、カードでの支払いがメインとなる。

 というか、日本みたいな「カード可」ではなく「カードのみ・・可」なんてこともわりとある。


「そんな感じで、ビザの取得だけでもいろいろ注意があるんだよ」


 俺の場合はさらに大きな問題があったんだけどな。

 具体的には、学生ビザではアメリカで労働できないことだ。


 学内のアルバイトにかぎっては許可されることもあるようだが……。

 俺はそういうわけにもいかないので、弁護士に相談してアレコレ制度をこねくり回すハメになった。


「ほかにも保険とか予防接種とか。あと最低限、入国審査の受け答えくらいはできるようにね?」


>>知ってる知ってる、サイトシーイングって言えばいいんでしょ?

>>そのあたりの心配はイロハちゃんは必要なさそうやな

>>アメリカ来てみて、どう思った?(米)


「なにもかもが大きい。さっきこっちのスーパーマーケットに行ってきたんだけど……」


「イロハ、そろそロ」


「あーっと、そうだった。みんな、じつは今日は引っ越し祝いに、ふたりでパーティーしようと思ってるの」


>>なんだって、同棲祝いだって!?

>>それは大事な記念だもんな

>>だったら昨日……いや、本当の記念日はふたりきりで過ごしたいよな、それは仕方ない


「勝手に暴走しないでくれるー? ともかくそんなわけで、お互いに料理を作って振舞おうかなって。なんでも? おーぐは料理が得意? みたいだし?」


>>これまでに、おーぐが料理配信したことってなかったよな?

>>実力は未知数……だけど、なんとなく想像がつくのはなんでだwww

>>おーぐが料理上手だと解釈不一致


「フッフッフ、オマエらがそう言っていられるのも今のうちだからナ!」


「じゃあ、どうする? ネタバレになってもおもしろくないし、先攻と後攻にわかれて料理しよっか。おーぐはどっちがいい?」


「イロハの料理を食べたラ、あとで口直しが必要だロ? ワタシが後攻に決まってル!」


「それだけ大口叩いて、どうなっても知らないからね?」


「フフンっ! イロハこそ、せいぜいがんばるんだナ!」


>>今、フラグが立ったな

>>戦う前に勝負が決した気がするwww

>>おーぐはそれでいいんだ……むしろイロハちゃんの料理が気になる


 俺は「やるか」と腕まくりして立ち上がった。


   *  *  *


 腰に手を当てて、俺はひとりキッチンに立っていた。

 作るメニューはすでに決めている。


 はじめての環境ということでなるべく失敗が少ないメニューを選択した。

 それは……カレーライスだ!


「『とりあえず持って行っておきなさい』ってカレールーとか、お米とかいろいろ郵送させられたけど、まさかこんなにも早く役に立つときが来るだなんてな」


 母親に感謝しつつ、俺はさっそく料理に取りかかった。

 時間効率を考えると、やっぱりお米を炊くところからだな。


「……あれ?」


 と、さっそく俺はつまづいた。

 正直、俺はそこまで食事そのもの・・・・・・には興味がないから、ないがしろにしがちだ。


 あの事件で足止めを食らったときも、毎日アメリカンな食事だったがとくに不満もなかった。

 だから、今の今まで気づいていなかった。


 日本では当たり前にあるものが、アメリカにはないのだ。

 具体的には……。


「し、しまった!? 炊飯器がない!?」


 えっ。もしかして俺、本当にあんぐおーぐと”いい勝負”になってしまう……?

 いやいやいや、さすがにそれはゴメンだぞ!?

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