第374話『世界でもっとも平等な村』
「どういうことだ」
昨日、ちゃんと教えたはずなのに。
それに彼らは決して「バカ」ではない。
たとえば俺だって、草花の見分けはニガテだが……何度も教えられるうちに、すこしはできるようになった。
じゃあ、子どもには覚えるのが難しかったとか?
「それもちがう」
レクチャーには子ども以外にも、何人かの青年がおもしろがって混ざっていた。
しかし、彼らもまた……みんな、数字を覚えていない様子だった。
「いったい、なにが起こってる?」
本当にわからない。
俺はひどく困惑していた。
’娘、元気――、――?’
どうやら、俺はよっぽど変な顔をしていたらしい。
同じ家に住む現地民の女性……ママが心配した様子で声をかけてくれる。
俺は思わず彼女に訊ねた。
「’みんな’が’数字’を’覚える’、’ない’……’なぜ’?」
’……来る’
俺の拙い言葉から、ママは意味をくみ取ってくれたらしい。
彼女は俺を集落の端へと連れていった。
’座る’
俺が腰かけると、ママもその横に座った。
彼女は集落を眺めながら、やさしい声で……まるで俺を諭すかのように言った。
’みんな、同じ’
「……?」
俺は意味がわからずに首を傾げた。
集落の人へと順番に視線を向けながら、彼女は言う。
’薬作る、薬作る、薬作る’
「……」
’獲物狩る、獲物狩る、獲物狩る’
「……みんな同じことができる、って言いたいの?」
それは思っていた。
この村の人々は分業ということをしない。ケガなどの場合は例外だが。
じつはママだって薬師や医者のような専門家ではない。この部族の者なら同じことができる。
シークレットサービスの女性がべつの家に寝かされていたのも、それが理由。
そして、同じようにみんなが自分で獲物を狩る。
女子どもであるにもかかわらず、俺が狩りの仕方を教えられていたのもそれで、だ。
’食べる、同じ’
この村では、多く獲れた食料は分け合う。
なにか見返りがあるわけじゃない。
けれど、そんな彼らもこだわっていることがあった。
魚のときもそうだった。それは”同数ずつ”分けることだ。
’物、同じ’
ここではなにかを使ったあと、もとの場所に戻すという習慣がない。
いつだったか狩りで使っていた槍も、だれのものというわけではなかった。
もしかして、この集落ではすべての物がみんなの共有物なのではないか?
だとしたら、腕時計がその場に放置されていたことにも納得がいく。
もし個人で「所有」するという概念がないのならば……。
「盗む」という考えや、それに対する不安もない。
「……まさか」
俺はだんだんと気づきはじめる。それらの”共通点”に。
そして、ママは告げた。
’――
やはり、そういうことなのか!?
俺は確信する。この場所では……。
「”平等”なんだ。なにもかもが。食事も物も、そして――
な、なんてことだ。
じゃあ、俺はいったいどれほどバカなことをしていたんだ。
俺は、ようやく”知恵比べ”のときに覚えていた違和感の正体を理解した。
彼らは……
「は、はは……考えてみれば、そうじゃないか」
もし本当に数字がわからないなら、笑いどころもわからないはずなのだ。
だって、合っているか間違っているかの判断もできない。
しかし、実際にはだれかが数字を間違えたとき、みんな同じタイミングで笑っていた。
つまり……本当はみんな、数字を知っているのだ。
「じ、自分が恥ずかしい! 彼らに……”教えてやろう”だなんて!」
俺はあれだけ言っておきながら、結局は……無意識に自分のほうが優れていると思っていたのだ。
彼らは遅れていて、自分は進んでいる、と。
けど、仕方ないとも思う。だって俺はずっと競争社会で生きてきたのだ。
まさか、知識まで……”賢さ”まで平等にしようだなんて……。
「そんなの、考えたこともなかった」
優れているのは良いこと。
そんなのは当たり前だと思っていた。
だが、彼らの考えはそうじゃない。
”同じ”であることが、もっとも”良い”ことなのだ。
だから、数字もわざと間違える。
あるいは、忘れる。
’1、力、強い――悪い。みんな、力、弱い――良い’
ママは言った。
だれかが力を持つのは悪いことで、みんなが弱いことは良いことだ、と。
だれか身体の強い男が食料を独占しはじめたらどうだ?
高い栄養価で、その男はますます力を増していく。
だれかが強力な道具を手にして自分だけの物にしたらどうだ?
その”威力”によって他者を従わせることだって可能かもしれない。そして……。
「知識だって、力だ」
だれかひとりだけ知っていること、できることがあると、その人の価値は必然的に高まる。
やがては、その人に富が集中してしまうだろう。
力は富を呼び、富は階級を作り、階級は不平等を生む。
だから、この部族は力を放棄することを選んだ。
だれも力を持っていなければ、戦いも生まれない。
それが彼らの生存戦略。
「……そんな方法があっただなんて」
ふと、頭をよぎったのは日本の非核三原則。
力を捨てることが平和につながるはずだ、と。
彼らも同じだ。
もし外敵に脅かされたなら、そのときは非常に脆弱。
だがもし一切、外敵がいなければ。あるいは、外界との接触が一切なければ。
それはもっとも消耗が少なく、だれも傷つかない……最善の選択となる。
’みんな、同じ、1、良い――’
ママが言う。
「みんな同じなのが、もっとも良いことだ」と。
日本では「みんなちがって、みんないい」と教わった。
しかし、ここではそれは真逆だった――。
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