第373話『知恵の実を食べた者の末路』
なんでこんなところに腕時計が!?
そう困惑しながらよく見ると、それは壊れて止まっていた。
つまり、時間を確認するために身に着けているわけではないらしい。
真ん中に立った青年は腕時計を見ながら数えはじめた。
’1、2、3……、□……5!’
周囲が「おぉおおお!」と一気に湧いた。
かなり、たどたどしい。実用には耐えそうもないが彼は「5」まで数え上げ、さらに……。
’……▽!’
周囲の青年たちが歓声を上げた。
はじめて聞いたからわからないが、おそらく合っていたのだろう。
’▽……▽……、□!’
しかし青年は結局、次の数字で間違えてしまったらしい。
全員がその雄姿を讃えるように笑っていた。
’あいつ、すごい――村、1、賢い、男――’
となりに座っていた人が「ドヤっ!」とした顔で教えてくれる。
うちの集落のモンも負けてないぜ、といった感じだろうか?
いや、どちらかというと……彼がこの集落で1番のイケメンだと言っているっぽい?
もしかしたら、あの腕時計はチャンピオンベルトのような扱いだったりするのかも。
’――賢い、男、良い――、――’
となりの人が、加えて説明してくれる。
なるほど、だんだんわかってきた。
「”知恵比べ”って、そういうことか」
おそらく、この集落の男たちにとって「賢い」ことはステータスなのだ。
そして、どれだけ賢いかを示す指標こそ「いくつ数えられるか」らしい。
’わたし、次――、数字、全部――’
よぉし、次は俺の番だ。と、べつの青年が入れ替わって輪の中心に立つ。
彼は同じように腕を掲げて、数字を数えはじめる。
「あっ、あの刺青」
彼の手首には、さっきの青年とはちがい腕時計はない。
代わりにぐるりと1周する形で刺青が入っていた。
というより、集落に住む男たちの多くが似たような刺青を入れている。
それが腕時計を模していることに、今さら気づいた。
’1、2、3……、2?’
それから、青年たちは交代で輪の中心に立っては、数字を数え……。
そして、間違えてみんなに笑われる、ということを繰り返した。
「けど、なにか違和感があるな」
’1、2、3……、▽!’
また、ひとりの青年が数えるのに失敗する。
というか、呂律すら回っていなかった。
まぁ、みんなお酒も入ってかなり酔っぱらってるしな。
まさしく宴会。楽しそうなのは間違いないのだが……。
「なんだろう、なにか引っかかる」
’お前、行く、――、――’
「え゛っ、わたしもやるの!?」
考え込んでいると、背中を押されてしまう。
よ、待ってました! と言わんばかりに歓声が大きくなった。
「……はぁ~」
断れそうになく、俺は「仕方ない」とみんなの真ん中に立った。
だが、普通にやると無限に数えられてしまうし……、そうだ!
「’1、2、3……
俺はここの言語でわかる数字を全部、言うことにした。
結果的にだが、この村で1番と言われていた青年と同数になる。
’うおぉおおお! すごい! すごい!’
’同じ、1――、すごい――’
これで正解だったのかはわからないが、みんなよろこんでくれていた。
同じく「6」まで数えられた青年も真ん中に出てきて、揃って褒め讃えられた。
’終わり、――帰る――’
しばらく盛り上がったあと、この宴会はお開きになった。
酔いが回って眠くなったらしい。みんな家へと帰っていく。
「って、えぇっ!?」
腕時計が地面に転がされ、放置されているのを見つけてしまう。
な、なんて雑な扱い! 1番の証とかじゃなかったのか!?
「いや、それより……あの! 待って。帰る前に教えてください! これ’だれ’が’狩る’、’する’?」
どうやってこの腕時計を手に入れたのか? 青年のひとりを捕まえて、問う。
わからない単語を知っている単語で代替したため、伝わるか不安だったが……。
’……わからない。ずっと、ここ、ある’
「そう、ですか」
なんとか伝わった。
これはつまり「昔からこの集落にあった」ということだろうか?
いずれにせよ彼は知らないらしい。
けれど、言われてよく見てみるとかなりの年代モノだ。
「川から流れてきたのか、それとも俺みたいに空から落ちてきたのか」
もしかしたら、何十年も前のシロモノかも。
悔しいが、俺が帰る手がかりにはならないようだ。
「……はぁ」
’すごい! すごい!’
落ち込んでいると子どもたちが、さっきのすごかった! と話しかけてくれる。
まぁ、いつまでもうなだれていても仕方ないな。
「そうだ。せっかくだし……’わたし’が’数字’を’言う’、’みんな’は’覚える’」
子どもたちに数字を教えてあげよう、と思ってそう提案する。
今まで、草花の見分けかたとかいろいろ教えてもらったし、そのお返しだ。
鍋が壊れたせいで今後、数字の活躍する機会が増えるかもしれない。
「6」までわかるようになれば、いろいろと便利だろう。
’数字、覚える――、――?’
「そうそう」
みんなだって「すごく」なりたいだろうし、きっとよろこんでくれるだろう。
そう俺はみんなにレクチャーをはじめた。
「1、2、3……」
’1、2、3……’
「
’□……’
子どもたちに、俺のあとに続いて言ってもらう。
手こずるかと思いきや、意外にもみんなあっさりとマネできてしまった。
それこそ、今までなぜ覚えられていなかったのか不思議なほどだ。
だが翌日……俺は、自分が大きな思いちがいをしていたことを知ることとなる――。
* * *
次の日、俺は子どもたちがものを数えているのを見かけた。
さっそく、昨日教えたことを活用してくれているのかも。そう思いきや……。
’1、2……
「えっ!?」
彼らは「3」までで数えるのをやめてしまっていた。
いや、正確には彼らはもう……。
――数字を忘れていた。
それも、ひとり残らず全員が――。
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