第93話『我らVTuber』

 母親と電話が繋がってすぐさま『戦争は?』『体調は?』『やっぱりお母さんもそっちへ行くべきだった』とまくしたてられてしまう。

 俺は「ちょっと落ち着いて」と彼女をなだめた。


「まず、ごめんね。心配かけて。けど、今のところは大丈夫だよ」


『じゃあ、これから帰ってくるのね?』


「いやー、それがまだムリみたいで。今、空港がストップしてるから」


『……そう。はぁ~、まさかこんなことになるなんて。なんで、よりによってこのタイミングなのよ』


「それは本当に、運が悪かったとしか言いようがないよね」


 俺だって最悪の気分だ。

 あと数日遅ければ、国際イベントだって開催できていたわけだし。


 いや、それじゃあダメか。


 俺があのとき、あの瞬間に、あの場所にいたからこそあんぐおーぐを助けることができたのだ。

 それこそ、まるで運命づけられていたみたいに。


「それじゃあ、またなにかあったら連絡するよ」


『わかったわ。……あ、ちょっと待って』


 ん? ガサゴソと電話の向こうで物音。

 そして聞こえてきた声は……。


『イロハぢゃぁあああぁ~ん! 無事でよがっだよぉおおおぉ~!』


「ま、マイっ!? お前もそこにいたのか!?」


 問いかけるとマイは声のボリュームを絞った。

 そして『じつは』と話し出す。


『イロハちゃんのお母さん、電話でこそ元気に振舞ってるけど……』


「そう、だったのか」


 まだ未成年のじつの娘を海外に送り出した直後に核が落ちて、世界大戦の危機で、しかも娘は倒れて意識がなく、自分は見舞いにも行けず……。

 その心労はとてつもないものだったらしい。


 日に日にやつれていく母親を見て、マイは「ひとりにしてはいけない」と支えてくれたらしい。

 今日もずっと一緒にいてくれていた、とか。


「ありがとう、マイ。お母さんのために」


『ううん、これはマイのためでもあったから。マイもイロハちゃんのお母さんと同じ気持ちだったから。……本当に、すっごく心配したんだよぉ~?』


「……ありがとう」


『あっ、でもお礼がしたいならマイにその、ちゅーとかしてくれてもウェヘヘ構わな――』


 ブツっと通話を切った。

 あー、多くの人に心配をかけてしまったなー! 申し訳ないなー!


「……」


 おい、どうしてくれる、マイ。

 さっきまでの空気が消し飛んでしまっただろうが!


 えーっと、なんとか話を戻さなければ。

 あぁ、そうだ。そういえば一緒に来た俺の保護者役は今、どうしているのだろうか?


 あんぐおーぐに案内してもらい、部屋を訪れる。

 室内にはあー姉ぇとそのマネージャーがいた。


 マネージャーは酷い顔色でベッドで眠っている。

 あー姉ぇはベッド脇でその手を握ってあげていた。


「イロハちゃん! っと、”しぃ~”だった。もうっ、ずいぶんとお寝坊さんじゃない?」


「あはは。ごめんね、あー姉ぇ。それよりマネージャーさんどうかしたの?」


「一連の騒動でメンタルにきちゃったみたいでねー。ちょっとお休み中」


 あー姉ぇのやさしい横顔に一瞬、ドキっとする。

 その姿に、実家で母親に寄り添ってくれているマイの姿を幻視した。


 さすがは姉妹というべきか。

 遠く離れていても、ふたりの心は一緒。


 繋がっている。

 そう感じた。


「とりあえず、イロハもアネゴたちもしばらくはウチにいロ。すくなくとも運航停止が解除されるまでハ、どうしようもないだろうしナ」


「ありがとう、助かるよおーぐ」


 そのままあんぐおーぐは「じゃア、ワタシはそろそろ」と背を向けて部屋を出ていこうとする。

 彼女のほうから離れていくなんて、珍しい。

 いつもは引き剥がそうとしても引っ付いてくるのに。


 思わず気になって尋ねた。


「どこ行くの?」


「あぁ、イロハが目を覚まして一安心したからナ。今度はワタシが安心させてやらないト」


「……なんのこと?」


 あんぐおーぐは不思議そうに、そして当然のように言った。



「――ワタシたちはVTuber、だロ?」



 彼女は「ファンのミンナが待ってるかラ」とほほ笑んだ。


 そうして、俺はまた思わされるのだ。

 彼女たちの強い輝きに「敵わないなぁ」と。


    *  *  *


《”ぐるるる……どーもゾンビです”。あんぐおーぐです! ……と?》


「”わたしの言葉よあなたに届け!” 翻訳少女イロハです!」


>>きちゃー!

>>イロハロー!

>>イロハちゃんが無事で本当によかった!(韓)


 あのあと軽い食事とシャワーを終え、俺は数日ぶりの配信に臨んでいた。

 不思議とずいぶん久々に感じた。


 目の前にはノートパソコン。

 アメリカに来るにあたって、念のため配信用に購入して持ってきたものだ。


 となりで同じように、あんぐおーぐもノートパソコンを開いている。

 たしか、あー姉ぇの家に泊まったときにも持ってきていたやつだ。


「というわけデ、イロハも無事に元気になったゾ~!」


「心配かけてごめんね。今、おーぐの実家でお世話になってまーす」


>>おーぐのSNSで不調知って心配してたから、元気になって本当によかった!(米)

>>え、つまりは同棲開始ってコト!?

>>イロハちゃん、アメリカの個室には鍵がついてるから、貞操には気をつけて眠るんだぞ(米)


「オマエら、マジふざけんナ!?」


 あんぐおーぐが吠えた。

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