第92話『戦争の英雄』


《けど、核の傘が機能せず、ほかの国も動かず……。ウクライナは、いったいこれからどうなるんだ?》


《そうだな。現アメリカ政府が一番恐れているのは、NATOとロシアの全面戦争だ。だから、あくまで可能性の話だけれど、結果として――ウクライナは世界から見捨てられる、かもしれない》


《なっ!?》


 だが、たしかにNATOまでもがこの件から手を引き、ウクライナが孤立すれば……。

 なるほど、ロシアの勝利は確定的だな。


 ウクライナは人口4000万人と決して小国ではない。

 とはいえ、他国の支援がなければ大国ロシアと戦うことは不可能だ。


 ウクライナに落とした核はそのための”脅し”だったというわけか。

 そう考えれば核が小型であったことも、落とされたのが平原地帯であったことも納得がいく。


 ロシアだってウクライナを滅ぼしたいわけじゃないだろう。

 取り返したいだけで。


《けど、そんなことがまかり通るのか? まかり通っていいのか!?》


 一見、状況はこのまま落ち着いてしまいそうにも聞こえた。

 しかし、あんぐおーぐはその首を横へ振った。


《ワタシはこのままでは済むとは思えない》


《どうして?》


《さっきのは大国の、それも政府側の理屈だから》


 聞くところによると、アメリカ国民も最初こそ「すわ世界大戦か」「すわ核戦争か」と戦々恐々だった。

 しかし1日経ち、2日経ち、そうはならないことを知ると一変した。


《大衆は正義を求めてる。”ロシアに制裁を!”って》


 恐怖の揺り戻しが来て、怒りに転じたかのようだ。

 あるいは、のど元過ぎれば、か。


 あんぐおーぐの母親も今、そんな国民感情を抑えるために走り回っているそうだ。

 しかし、いつまでもつかはわからないとのこと。


《NATOも国民の意思を無視し続けられるわけじゃない》


 NATO内でも意見が対立しているらしい。

 イギリスなんかは公にロシアを非難し、徹底抗戦と報復を支持しているそうだ。


 それにここで見逃せば国際秩序のルールが変わってしまうだろう。

 ”核を撃ってもいい”という前例ができてしまう。


《どちらに転んでも地獄、だな》


 ここでの選択で世界の命運が決まる。

 そして、どちらが正しいかなんてのはだれにもわからない。


 どこまでの罰が適切か、どんな対応が正解だったか。

 それを語れるとしたら後世の人間だけだろう。


《なんでロシアはこんなことを。いくらなんでも核を撃つなんてやりすぎだ》


《それは多分、ロシアが核を使うことを悪だとは思っていないから》


《いやいやいや、核兵器が正義なわけ――》


 と言いかけて、言葉に詰まった。

 ちがう、それは日本の理屈だ。核を持たない側の理屈。


 日本は非核三原則とともに『核兵器そのものが悪』と教育している。

 だが、原子力発電は認めている。


 結局は使いかたなのだ。

 そして他国――それも大国にとって、核はただの一手段に過ぎない。


 たとえばアメリカでは、日本に原爆を投下したB-29改造爆撃機”エノラ・ゲイ”は英雄扱いだ。

 戦争を早期終結させた功労者、としてまるでトロフィーのごとく博物館に展示されている。


 そして、それは今回のロシアにも同じことが当てはまる。


《……”核戦略”か》


 ロシアが以前に発表した戦略のひとつだ。

 核使用のハードルを引き下げよう、通常兵器の延長線で核兵器を使ってしまおう、というもの。


 核兵器を使うことで一時的に戦争はエスカレートするだろう。

 しかし、それによって結果的に早く、犠牲者を少なく戦争を終結させることができるかもしれない・・・・・・


 すなわち「戦争を早期終結させるために核を使ったのだ」と。

 今回の件もそれにあたると考えれば、どうだろう?


 不思議なことに、まるで”核兵器が平和を作っている”かのように聞こえてくるではないか!


 正義のために核兵器。人を救うための核兵器。

 ……あまりにもふざけた話だが、そうなる。


 忘れてはいけない。

 コントロールされているかぎりにおいて、大国にとっては戦争も核攻撃も政治の一手段に過ぎないのだ。


《……だからって許せるわけがない》


 これはもしかすると、俺が日本人だからそう思ってしまうのかもしれない。

 第2次世界大戦という歴史から、核に対して強い忌避感があるから。


 そしてなにより、日本は非核保有国だ。

 ここで報復がなされなければ『核の傘は機能しない』と証明されてしまう。



 日本は――”核を撃ちこんでもいい国”になってしまう。



 他人ごとではない。

 ロシアは日本の”隣国”なのだから。


《実際、日本だけじゃなく非核保有国の多くは同じ気持ちだと思うぞ》


《自国か、他国か……か》


《あぁ。今はすべての国が今、アメリカの動向に注目してる。アメリカは世界大戦を回避しつつ、同時に彼らをも納得させる答えを出さなきゃいけない状況にある》


 そんな回答がこの世に存在するのだろうか?

 まるで最初から解けない問題を前にしているかのようだ。


《あぁ、クソ……許せない。許せるはずがない。そんなことになったらVTuberたちが安心して配信できなくなっちまうだろうがぁあああ!》


 俺は心底から激怒していた。


   *  *  *


 ようやく怒りが落ち着いてきたころ、俺は電話をかけていた。

 さすがに心配かけてしまっているだろうことを思い出したのだ。


 電話はワンコールで繋がった。


「あ、もしもしお母さん」


『イイイ、イロハぁあああ! あんた大丈夫なのぉおおお!?』


 耳がキーンとした。

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