第91話『核の傘』


《まず、VTuber大規模国際イベントだけど、中止になった》


《……そっか》


 いや、予想はできていたことだ。

 今まで俺がこうして眠っていたことがその証左。


 なにより今、ライブをしたところで観客も十全に楽しめないだろう。

 そう頭では理解できても、それでもショックを受けてしまうのは己が心の未熟ゆえか。


《それと第3次世界大戦や核戦争も起きてはいない。今は、まだ》


 あんぐおーぐもニュースやネットで見た話なので、確定の情報ではないらしい。

 しかし、まとめると大体こんな感じだとか。


 まず、ウクライナに核が落ちたこと。

 それは紛れもない事実だそうだ。


 落ちたのは戦略核……ではなく、一般に戦術核に分類される小型の核だったとか。

 さらにいえば射程500km以下と思われる弾道ミサイルだという。


 そして、落ちた場所だが、正確にはウクライナの平原地帯・・・・とのこと。


《えっ!? じゃ、じゃあウクライナが滅んだとかってわけじゃ》


《ないね》


 俺は日本人だから「核が落ちた」と聞くと、どうしても都市部が破壊されて、それこそ数万、数十万人という死者が出たことを想像してしまっていた。

 だが、そうではないらしい。


《……そうか》


 ほっ、と息を吐く。

 なんとなく、脳裏にあの転校生の顔が浮かんでいた。

 彼女の故郷がなくなったわけではなかった。


《けど安心していい状況でもないぞ。決して被害者がいなかったわけでもないしな》


《そう、だよね》


 あんぐおーぐの言うとおりだ。

 そして攻撃が終わったのであれば、次は反撃か。


《やっぱり核を撃ったロシアに……》


《それは違う・・


《え?》


《核を撃ったのはロシアじゃない。いや、正確にいうなら……》



《――わからない・・・・・



 俺はあんぐおーぐの言葉にポカンと口を開けてしまった。

 一拍おいて我に返る。


《はぁああああああ!? いやいやいや、そこまで詳しくわかっているのに!? というかこの状況でウクライナに核を撃ち込むなんて、ロシア以外にいるわけが……》


《けど、すくなくともアメリカ政府の公式発表ではそうなってる》


 不明。未確認。

 俺はひどく混乱し、そして困惑していた。


《わからないわけないでしょ!?!》


《あぁ、安心しろ。もちろん、みんな本気でわかってないわけじゃない》


《えっ?》


 あんぐおーぐは語った。

 アメリカ含め多くの国の調査結果が”ロシアによる攻撃”であることを示していたそうだ。


 ネットなどにおいても、ロシアが放ったミサイルであることは公然の事実なのだとか。

 ますます意味がわからない。


《じゃあ、なんで「わからない」なの?》


《それは――確定させることが第3次世界大戦の引き金になりかねないから、っていわれてる》


 ロシアは現状、核はウクライナの「自爆」「自作自演」だと述べているそうだ。

 曰く――「以前から我々は、ウクライナが”汚い爆弾”の使用を計画している、と警告していただろう?」。


 当然だが、ウクライナはその発表を否定し、激怒した。

 「ウクライナが世界第3位の核保有国だったのは昔の話。現在、そのような事実はない」と。


 そして全世界に向けてロシアへの制裁を求めた。

 ……のだが。


《どの国も動いてない、だって!?》


《全部が全部、ってわけじゃないよ。ただ現状、多くの国が静観あるいは判断を保留してる》


《中国は? たしか日本にとってのアメリカがそうであるように、ウクライナにとっては中国が”核の傘”だったはず。もしも非核保有国であるウクライナが核攻撃されたら、代わりに反撃するって話じゃなかったの?》


 その問いにあんぐおーぐは首を横へ振った。

 中国は「それが本当にロシアの攻撃であるという確認が取れていないから」と報復を行っていないそうだ。


《……そういうことか》


 思えば中国は、ロシアによる軍事侵攻がはじまった当初こそ「ウクライナの味方だ」と言っていた。

 が、徐々にそのスタンスをロシア寄りへと変化させていった。


 あるいは戻っていった、というべきか。

 もともと中国は親ロシアなのだから。


 それはこのときのためだったのだろう。

 しかし、考えてみれば当然か。


 もし本当に中国が核の傘として機能し、報復でロシアに核を落としてみろ。

 それこそ、ロシアと中国による全面核戦争の幕開けだ。


《まさしく世界大戦、だな》


 中国が……いや、中国にかぎらず、ウクライナという”赤の他人”のために自国が滅ぶほどの危機を、いったいだれが冒せる?

 相手は大国ロシアだぞ?


 しかも、すでに核を撃ち、一線を越えている。

 もはや刺し違えるだけの覚悟がなければ立ち向かえまい。


 そして、だれだって”第3次世界大戦の引き金”なんて貧乏くじは引きたくない。


《「ウクライナの自作自演」はロシアが他国へプレゼントした”逃げるための口実”か》


 ロシアが撃ったと確定させれば、ロシアに制裁を加えねばならなくなる。

 あるいは制裁を加えない・・・・というスタンスを明確にせねばならなくなる。


 どの国も、発表には慎重にならざるを得ないわけだ。

 自国の命運がかかっているのだから。


 他国より自国が優先。当然だ。

 他人よりも家族を守りたい。それも当然。


《いや、そもそもの話、か》


 核の傘は”自国を中心に平和を維持しうると考える範囲”で働くもの。

 逆にいえば、その範囲でしか働かない。


 最初から機能するはずがなかったのだ。

 それは撃たれるにしか意味がないもの。


《傘は傘でしかない》


 決して盾や、ましてや矛にはなりえない。

 それが成り立つのは、登下校中の子どもの妄想の中だけなのだから。

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