第94話『日本orアメリカ』
「同棲開始、じゃねーヨ! オマエらこの状況で余裕だナ!?」
久々の配信。
さっそく視聴者からイジられ、あんぐおーぐが吠えていた。
>>おーぐちゃんも元気そうでよかった
>>今のところ、こっちは大丈夫(米)
>>けどライブ残念だったな(米)
「そうだナ。でもライブも大事だけド、ファンの安全が優先だからな。VTuberはファンのみんながいないと成り立たないかラ。いのちをだいじに、だナ!」
>>やさしい
>>死んでもいいからライブ見たかったぜ(仏)
>>ライブ、中止じゃなくて延期とかにならんかな
「その辺、どうなるんだロ? ワタシもまだわかんないヤ」
>>のちのち公式が声明出すって言ってた
>>マジで?(英)
>>ほな続報待ちやな
運営としてはこのままでは赤字だ。それに悔しい。
現在の状況が落ち着いてからでいいから、再度公演か……あるいはネット上だけでもLIVE配信したいところだろう。
>>この状況、何気におーぐ得じゃね?
>>このままおーぐとアメリカに永住すればいいんじゃね?(米)
>>実家ってもはや結婚前のあいさつじゃん(独)
「オイ、やめろヨ!? べつにワタシはそーゆーんじゃないからナ!?」
「じつはワタシが眠ってる間も、おーぐはずっと面倒を見てくれてて」
「今、その話をしたら変な誤解が生まれるだろうガ!」
>>ひとりぼっちじゃないのは心強いよな(米)
>>俺もライブ見に来て日本に帰れなくなったけど、アメリカのファン仲間が助けてくれた
>>VTubetあったけぇなぁ
「そっか、そうだよね。わたしたちが帰れてないってことは、ライブを見に来てくれたみんなも帰国できてないってことだよね」
推しの晴れ舞台を見るはずだった最高の一日が、最低の一日に。
その気持ちはすごくわかる。
「それについてなんだガ、国際イベントの公式トゥイッターで情報発信してるかラ、ぜひ確認して欲しイ」
じつは今回の配信、目的の半分くらいはこれの宣伝だったりする。
まだ確定ではないが、ライブ会場を一時的な避難所として開放できるかも、とのこと。
そのことを視聴者に伝えて欲しい、と参加者であるVTuberたちに連絡が来ていた。
「またなにかわかったら情報共有すル」
>>たすかる
>>拡散します(伊)
>>そっちって今、どんな感じなん?
「アメリカはまだ、大丈夫。それよりみんなのほうこそ大丈夫? 今、みんなの国はどうなってる?」
俺のチャンネルは海外勢の視聴者数が多い。
その質問に対するリアクションは劇的だった。
一気にコメント欄が加速し――。
* * *
俺はベッドにごろんと寝転がっていた。
脳裏に浮かぶのは昨日の配信内容。
どうやら、核が落ちた衝撃は想像よりもずっと大きかったらしい。
世界中の視聴者からもらった
「……はぁ」
たとえば紛争の絶えない東南アジア方面の国々では、今回の件がきっかけで一気に核開発強化へと舵が切られようとしているとのこと。
ウクライナに対する大国の反応を見て、自分の身は自分で守るしかない、と思ったのだろう。
もしこのまま大国がロシアに対して甘い対応を取って『核を撃ってもおとがめなし』なんて前例ができてしまったとしよう。
そうなれば、結果的にのちの世界に新たな核戦争の火種をばら撒くことになる。
すなわち――”核を撃ってもいい世界”が訪れる。
ならばロシアへ報復するそのことが正解なのかといわれると、それもわからない。
たしかに核は使用した。
しかし、撃ち込まれたのが平原地帯ということもあり、その被害はこれまでの戦闘で発生した被害に比べても極小。
果たしてそれは罰を与えるに足る数字なのだろうか?
これまで両国が互いの国に対して行ってきた虐殺や凌辱よりも酷い悪行なのだろか?
過剰な罰になりかねないのではないのか?
仮にここでNATOがロシアに報復し、数百人か数千人か……はたまた、数万人かの被害が出たとしよう。
そうなったとき
いや、ロシア側からすればそこは一貫しているか。
もとよりこの侵攻のきっかけを招いたのはNATOだ、と考えているのだから。
「……はぁぁぁぁぁぁ」
どっちに転んでも地獄が待っている。
みんな自分が被害者だと思っている。だから戦争は終わらない。
「あ~~~~もうっ!」
俺はガマンできなくなって叫んだ。
はっきり言って、俺にとって戦争そのものは些細な問題だ。
いや、正しく言うなら『今さら』か。
もとより戦争なんて世界のどこかしらでは起こっている。
しかし、自分に関わらないことに実感を湧かせるなんて到底ムリ。
人間の視野はそんなに広くない。
問題はいったいどうすれば、この事態が早く収束し、推したちが心置きなく配信できるのか。
これに尽きる。
「うが〜〜〜〜!」
ベッドの上で身悶えした。
もちろん世界大戦、なんてことになればそれこそ推したちが配信どころではなくなる。
それは最悪の事態だ。
それを阻止するためなら俺はなんだってする。
けれど実際のところ、自分にできることなんてなにもない。思いつかない。
こんなチート能力を持っていようとも、所詮はただの一市民にすぎないのだから。
結局、世界の命運を決めるとしたら、それは世界中のお偉いさんたちで……。
「そう、俺にできることなんてなにもない。その、はずだ」
きっとみんなVTuberを見てないんだ!
だから、心がすさんでいるんだ!
つまり、しいて言うなれば……。
「俺がすべきはVTuberの布教活動か!?」
一緒にVTuberの配信でも見れば、心が癒されて仲良くもできよう!
なーんて結論に至りかけた、そのとき。
「ぐぼぉおおおっ!?」
腹部にボディプレスを受けた。
俺は「ごほっごほっ、なにごと!?」と慌ててイヤホンを外し、身体を起こす。
《オイ、イロハ! いつまでムシするんだ!? 泣くぞ!》
《お、おーぐ!? いつの間に!? あのなぁ、部屋に入るときはノックを》
《したぞ! 100回したぞ! イロハが反応しないのが悪いんだろ! って、ほらやっぱり! また大音量で歌枠聴いてる! 耳は喉に次ぐ配信者の商売道具なんだから、大切にしないと……って、それどころじゃないんだった!》
《そんな興奮して、なんの用だよ?》
《それは! ……それ、は》
《???》
さっきまでの勢いはどこへやら。
あんぐおーぐの表情から元気がなくなってしまう。
彼女はわずかに躊躇い、それから複雑な表情で告げた。
《イロハ、オマエ――》
――日本に帰れるぞ。
それはまるで、これが今生の別れになるみたいな。
絞り出したような声だった。
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