第130話『――”1年後”』
《あの、すいません。じつは道に迷ってしまって》
俺は背後からかけられた声に振り返った。
そこには困っている様子の、ひとりの男性が立っていた。
《えっと、どこへ行きたいんですか?》
《この駅なんですが》
ふむ、ここならすぐそこだな。
俺は手短に男性へと説明した。「そこの階段を降りて……」と。男性は笑顔を浮かべた。
《……》
《あの?》
《あぁ、いや。すまない。ありがとう、助かったよ》
《そうですか……? いえいえ、よい一日を》
俺は手を振ってその男性を見送った。
男性はそのまま去って行った。
そういえば海外じゃあ、むしろ地下鉄がある国のほうが珍しいんだっけ?
先ほどの男性も英語を使ってはいたが、アメリカ人というわけではなさそうだったし。
そういえば、前もこんなことがあったなぁ。
外国人がスマートフォンをなくして困っていて……。
「あれ? ……”外国人”?」
俺ははたと歩みを止めた。
こんな時期に、こんなところに外国人?
もう空港って再開してたんだっけ?
いや、それ以上にさっき俺……!?
「――英語を聞いて、英語で話してた!?」
さっきの男性との会話がきっかけで?
いやいやいや、そんなバカな!? なんで!?
能力は失ったはずだ!
でも実際に、無意識に英語でしゃべれていたわけで……。
……だから、か?
無意識だったからこそ、英語を使えたのか?
「もしかして俺、使えなくなったと思い込んでいただけ?」
だってまさか、こんなところで英語で話しかけられるだなんて思っていなかったし。
「いやでも、たしかに」
たとえば人と会話するとき、自分が普段どこを見ているかとか意識しだすと、逆に自然体ではいられなくなることがある。
けど……。
「そんなはずはない! ありえない!」
間違いなく俺は、チートじみた翻訳能力を失っている。
さっきも、勝手に言語が翻訳されたという感じではなかった。
それこそ普通に会話していただけ。
英語を使って、普通に……。
そういえばお医者さんが言っていた。
若いと、脳の失った機能を他の部位が代替してくれる、と。”適応”してくれる、と。
もしかして、俺の脳はすでに……?
「……まさか」
そこでハッとした。
でも、もしそうだとしたら……。
「はっ、ははっ……ははははははっ!」
思わず笑ってしまった。
もしも想像どおりならば……。
「俺は今、翻訳すらを介さず、言語そのものを理解できている?」
だとしたら、これはもうチート
これこそが本当の……。
「――”言語チート”じゃないか!」
俺は天を見上げた。
そこにいるかもわからぬ存在に向かって、苦笑する。
「戦争に終わりなんてない、か」
あんぐおーぐの母親に言われるまで気づいていなかった。
そして戦争が終わらないということは、俺の役目にもまた終わりはないということ。
「あ~、まぁ。せいぜい、がんばりますよ」
俺は肩を竦めて、再び歩き出した。
能力が戻ってきた……いや、新たに与えられた以上、言い訳もできない。
やらなければならないことがたくさんある。
やり残してきたことが、やりたかったことがある。
「よしっ! いっちょ、より一層にVTuber業界を盛り上げてやりますか!」
そんな意気込みとともに、俺はMyTubeの……推しの配信の再生ボタンを押した――。
* * *
――それから、1年が経った。
その間にいろいろなことがあった。
それについても、のちのち語りたいところだが……まずはこれを聞いてくれ。
「”わたしの言葉よあなたに届け!” 翻訳少女イロハです!」
>>イロハロ~
>>イロハロ~
>>イロハロ~
「お~っ、今日も世界中からご視聴ありがとうねー。じつは今日はみんなにめちゃくちゃ語りたいことがあって、配信してるんだよねー」
>>俺は予想ついてるぜ
>>なんでか私もわかるなー(米)
>>まぁ、ちょっと前からカウントダウンしてたしな(韓)
「ちょっ、ネタバレ厳禁だって! けれど、そのとおり! じつはなんと……ついに! VTuberの総人口が10万人を突破しました~!」
わ~、パチパチ! と俺は手を叩いた。
そう、これこそが俺がもっとも伝えたかったことだ!
>>去年と比べて5倍以上とかエグ(英)
>>自分のチャンネル登録者数よりも、しっかりキリ番を祝ってて草
>>それもこれもイロハちゃん効果やな(独)
「わたしのチャンネル登録者数は……ちょっと、伸びが早すぎてイベントが追いついてないというか」
>>まぁ、それはしゃーないwww
>>イロハちゃんも大きくなったなぁ。なお肉体は……(伊)
>>VTuber業界の発展すげぇよな(米)
VTuber界隈はこの1年ですさまじい伸びを見せていた。
もちろん翻訳少女イロハの活躍は大きいが、要因は決してそれひとつではない。
「わたしはもっともっとVTuberが増えてくれてもいいと思ってる! VTuberはいくらいても困らないからねっ! そこで、まだVTuberデビューしていないそこのキミにオススメの動画が!」
>>アレのことなら、もう知ってるぜ!(仏)
>>私もそれを参考にして、VTuberデビューしました(宇)
>>あの動画めっちゃ助かった(露)
「お~っ、知ってる人も多いね。実際、世界中からすごく再生されて、新時代のVTuberチルドレンのバイブルとまで呼ばれてるし」
>>俺まだ、VTuber知ったばっかりだから知らないわ(加)
>>だれの動画? 有名人?
>>ある意味、それがバズった要因のひとつだし(印)
「その動画の作成者は――イリェーナ。あの事件のとき、最初に世界へ言葉を投げかけたひとり」
>>その配信の切り抜き、見たことあるかも
>>日本語とウクライナ語、それからロシア語のトリリンガルVTuberだっけ?(知)
>>ボク、あの子の大ファンだよ(智)
「わたしも大ファン! 内容としてはひとりのVTuberがデビューするまでの実体験を、再編したものなんだけど……」
まさか、ここまで伸びるとはだれも予想しなかっただろう。
ある意味、VTuber新時代における裏の立役者。
「その動画のタイトルは――」
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