閑話5『0円でなれるVTuber!~入門編~』

「――いや、本当に0円でVTuberになれるわけないじゃんぅ~」


「エェエエエエエエ!?」


 ワタシ・・・はガビーンとショックで口を開けた。

 マイサンはあきれた様子でワタシを見ていた。


 このままじゃあ、タイトル詐欺になっちゃうのですが!?

 いや、タイトルってなんのことかわからないですけどっ!


 ……さて、どうしてこんな状況になったのか。

 それを語るにはすこし時間を遡らねばならない。


 はじまりはワタシがまだ小学生だったときのこと。

 そして、ワタシがVTuberを志した日のことでもある――。


   *  *  *


 ――わたしはVTuberにしか興味がないから!


 それこそが、ワタシの告白・・に対するイロハサマの返答だった。

 つまり……。


<ワタシがVTuberとして大成すれば、恋愛対象として見てくれるってこと!?>


 こうしてワタシに夢と目標ができた。

 え? 同級生の同性になぜそこまでって? いや、だれだってそうなるだろう。


<あぁっ、イロハサマぁっ……!>


 イロハサマはワタシの前に現れた救世主だ。

 ウクライナから日本へ避難してきて、学校で言葉も通じずにツラい思いをしていた中に舞い降りた天使。


 なんと彼女はワタシのために、わざわざウクライナ語を覚えてきてくれたのだ。

 しかも「コミュニケーションが取りやすいように」と学校でよく使う定型文の対応表まで作ってきてくれた。


 外国語を覚える難しさがいったいどれほどのものか、ワタシは知っている。

 彼女はそれを、しかも赤の他人であったはずのワタシのためにしてくれたのだ。


 惚れるな、というほうが難しい話。

 そのときからワタシの心はイロハサマ一色に染まった。


<よしっ、絶対にイロハサマに愛されるVTuberになるぞ~!>


 そう意気込んだワタシはさっそく設定を考えはじめた。

 自宅で、せっせとノートにアイデアを書き込む。


<デビューするときの名前は……よし! ”イリェーナ”にしよう!>


 これからワタシはイリェーナだ。

 ちなみに畏れ多くもイロハサマから頭文字をいただいたのはナイショだ。


 あとは、その頭文字からウクライナらしい名前を選んだ。

 調べたら、なんでも『平和』という意味が込められているとか。


 悪くない、と思った。

 避難してきたワタシにとって、これほど相応しい名前もないだろう。


<デザインはこんな感じで、それからあいさつは~>


 しばらくすると、妄想を詰め込んだノートができあがった。

 むふーっ、とその出来栄えに満足する。


 これで準備万端!

 あとはデビューするだけ……。


 と、そこまで考えたところで動きが止まった。

 そういえばワタシはVTuberになる上で必要なことを、ほとんど知らない。


<そもそも、VTuberってどうやったらなれるんだろう?>


 そうして、はじまったのだ。

 ワタシのVTuberデビュー苦労譚が……!


   *  *  *


<む、ムリぃ……!>


 ワタシはパソコンを前に崩れ落ちていた。

 画面にはネット検索した、VTuberデビューに関する記事が表示されている。


 ウクライナ語に自動翻訳されたそこには、おおよその費用が書かれていた。

 その金額、じつに20万~30万円……っていくらだっけ?


<えーっと、フリヴニャだと6万~8万!?>


 とても小学生に払える金額ではない。

 なんでも、2Dモデルだけでも10万円はするらしい。


 当然だが日本でも、ワタシくらいの年齢で働くことは禁止されているし……。

 このままじゃあイロハサマに好いてもらえない!


 ワタシは無力感に打ちひしがれた。

 そこへ解決策をもたらしたのは、意外な人物だった。


   *  *  *


「で、どうしたのぉ~?」


「マイ、サン?」


 小学校の教室。

 予想外の人物から声をかけられて、ワタシは目を白黒させた。


「なんだか最近、悩んでるみたいだけどぉ~」


 マイサンがワタシの心配を!?

 まるで天変地異の前触れのような事態にワタシは困惑した。


 いつもはワタシとイロハサマの間に割り込んで、ジャマをしてくるだけなのに。

 そう訝し気な視線を向けていると、ボソッとマイサンが声を漏らした。


「イロハちゃんが心配しはじめる前に、会話の口実は潰しておかないとぉ~」


 あ~、なるほど。

 ワタシは納得する。


 しかし、今は好都合だった。

 この件はイロハサマには知られたくなかったから。


「じつハ……」


 ワタシはVTuberデビューについて困っていることを伝えた。

 マイサンの反応は、なんだかおかしかった。


「そ、そう。……うぐぅ~、んぬぅ~、あぁ~、えぇ~っと」


「……?」


 なにやらひどく葛藤している様子。

 しかし、やがて「あーもぉ~! わかったよぉ~!」とマイサンは声を上げた。


「マイがあなたをプロデュースしてあげる。VTuberデビューできる方法を教えてあげるよぉ~!」


「イヤ、マイサンにできることナンテ、ナニもナイと思いますケド?」


「失敬なぁ~っ!? これでもマイは、お姉ちゃんのVTuberデビューを手伝ってたんだからねぇ~?」


「えっ、エェエエエ~!? そっ、ソウだったんデスカ!? マイサンのお姉さんって、よくイロハサマとコラボしてるあの有名VTuberサンですよネ!?」


「そぉ~だよぉ~」


 意外な経歴に目を丸くする。

 しかし、不思議だった。


「どうして手を貸してくれる気になったのデスカ? マイサンにとって、ワタシはライバルですヨネ?」


「あなたのためじゃないよ! イロハちゃんのためだよぉ~!」


 マイサンは語った。

 イロハサマにとって一番の幸せはVTuberが増えること――推しが増えること、だそうだ。


 ならば彼女を愛する人間として、VTuberデビューしたいのに困っている人を放っておけない、と。

 もし見捨てたりすれば、二度とイロハサマに顔向けできなくなる、と。


「だから、マイが教えてあげるよぉ~。――0円でVTuberになる方法を!」


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