第116話『チート覚醒』


 推しであるVTuberたちを、そして集めたグッズを残して日本から逃げるなどできない!

 俺はあんぐおーぐの母親にそう述べた。


 まだ、できることがあるはずだ。

 そう視線を上げた先には、パソコンのモニターがある。


 配信画面にはコメントが次々と流れていた。

 まったく、俺はミュート中だというのにお前らときたら。


 そんな中で、ひとつのスーパーチャットが目に留まる。

 俺はハッと息をのんだ。


>>¥1,680 イロハちゃん、聞いて欲しい。今、海外の友人からおかしな連絡が来てるんだけど。核兵器らしきミサイルの発射準備をさせられてるって。さすがにウソだよね? 戦争は回避されたんだよね?


 普通なら「ウソだな」と相手にもしない内容だ。

 しかし今は……今だけは、ちがう。


>>↑さすがにそういうウソはどうかと思う

>>イロハちゃん、スパチャだからって全部読む必要はないからね

>>勝利に水を差さないでくれ(米)


 そのスーパーチャットは、ほかのコメントから叩かれてしまっていた。

 だが、このタイミング……。


 あんぐおーぐの母親の話と繋がった。

 そして今、核のことを知っているのは関係者しかありえない。


「――見つかった。わたしにもできることが」


 俺は電話を切り、スマートフォンを放り出した。

 ヘッドフォンを被り直して、ミュートを解除する。


 俺は視聴者たちへと呼びかける。

 まだ、終わりなんかじゃない!


「みんな、お待たせ! 電話の相手はあんぐおーぐのママだったよ」


>>なんで、おーぐママから電話が?(米)

>>もう親公認のカップルやんけ!

>>あんぐおーぐの母親って”アレ”だよな? えっ、なんで今!?


 知っている人は知っている。

 このタイミングで次期大統領から電話を受けた、ということで一部の視聴者がざわついた。


「それより、さっきスパチャくれた視聴者さん! お願い! 相手の人の状況を教えて! その人にわたしの言葉を届けて! わたしの配信を見るように伝えて!」


>>え、急にどうしたんイロハちゃん

>>なにをそんなに焦っているんだい?(米)

>>もしかして、さっきのスパチャってガチなん?


>>ゆーて核はさすがにウソやろ

>>核は撃たれるもの……俺たちはもう学んだだろ?

>>それに、さっきの電話相手って……つまり、そういうことなのでは


 視聴者の反応は様々だった。

 俺は同じ人が再度コメントを打ちこんでくれるのを待っていた。

 今ほど配信とのコメントのラグが、長く感じられたことはない。


「どうか……!」


>>お待たせしました。友人から返信来ました。彼は現在、アフガニスタンに住んでいます。この配信のURLを共有しました。今、見てくれているそうです。


「っ~~! ありがとう! 聞こえますか、アフガニスタンの兵隊さん! わたしの名前はイロハです!」


>>おおっ、返信来た!?

>>アフガニスタンとかガチの紛争地域じゃねーか

>>なにこれ、マジなん?


 俺はホッと息を吐いた。

 第1関門は突破。俺は配信者だ。まず声が届かなければなにもできない。


 それに配信を見られる環境はあるのかも心配していたが、そういえばアフガニスタンはインターネットの普及率が意外と高いんだっけか。

 しかし、俺は必死のあまり忘れていた。


>>イロハさん、彼は日本語がわかりません。彼がわかるのはパシュトー語と、すこしの英語だけだそうです。


「そん、な」


>>うわ、きっつ

>>イロハちゃんもさすがにアフガニスタンの言語は習得してないんじゃね?

>>パシュトー語? ってのは、wikiには載ってないな


 ”翻訳少女イロハ”の非公式wikiには、俺の習得言語がかなり正確にまとめられている。

 俺がチートじみた翻訳能力とその症状を薬で抑制するようになってから、何日も更新されていないそのページの中に……パシュトー語は存在しない。


 それもそのはず。

 アフガニスタンはVTuberが一切といっていいほど広まっていない国のひとつだ。

 すなわち、イコールで俺が覚えていない言語でもある。


「なんで」


 どうして、今さらアフガニスタンなんだ!?

 約20年にも及んだ紛争はしかし、すでにアメリカも撤退し終結宣言がされたはずだ!


 自動翻訳でどうにか……。

 いや、ダメだ。それじゃあ足りない・・・・


 あるいはだれかに字幕をつけてもらって……。

 クソッ! それじゃあ間に合わない! いったい、どうしたら!


「イロハちゃん」


 心配そうにマイが顔を覗き込んできていた。

 そんな彼女の表情を見た瞬間――俺の覚悟は決まっていた。


 ……次、能力を発動すれば戻ってこれない、か。

 俺は前のめりになって、視聴者へと協力を呼びかけた。


「だれか、パシュトー語の勉強ができるサイトのURLを探して! それからお友だちさん、アフガニスタンの兵隊さんに上官や同僚たちにも配信を見せられないか聞いて欲しい!」


>>まさか、イロハちゃんやる気か?

>>さすがにムチャだと思います(米)

>>これ、わかりやすいパシュトー語のサイト→リンク


「ありがとう」


 普通、知らないリンクをクリックするなんて危険だが、今はそんな余裕もない。

 俺はためらいなくそのサイトを開いた。


「これで最後、か」


「イロハ、ちゃん? 待って! いったいなにをしようとしてるの!?」


 マイが慌てた様子で、俺を止めようとする。

 なにをしているかなんてわかるはずもないのに、直感だろうか?


 彼女とはもう長い付き合いだ。

 だから、察してしまったのだろう。


「お母さんの作ったごはん、ずいぶんと食べ損ねちゃってたからな」


 忙しくて、食事を摂るのを忘れていた。

 そして、それに伴って――医者に言われていた毎食後・・・の薬も飲み忘れていた。


 それで抑制が弱まっていたのだろう。

 俺の意思に呼応するかのごとく、能力が息を吹き返していく。


 ……あるいは、わざと飲まなかったのかもな。

 無意識にこうなるような、そんな予感がしていたのかもしれない。


「イロハちゃん、ダメぇえええぇ~!?」


 俺はそのサイトのページをすばやくスクロールさせた。

 瞬間、情報の奔流にのみ込まれる。


 脳が沸騰するかのように熱を持ちはじめる。

 制限されていたチートじみた翻訳能力が、本来のスペックを取り戻していった――!

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