第178話『お前のみそ汁が毎日飲みたい』


《う~ん、ウマい! まさか、たった1週間でここまで料理の腕が上がるとは》


《そりゃどうも》


 俺は言葉を飲み込んだ。

 まったく、だれのためにうまくなったと思っているのか!


《これなら毎日でも食べたいな。……いや、”ワタシに毎日みそ汁を作ってくれ”!》


《今から和食はムリ。ご飯炊くの時間かかるし》


《そういう意味じゃなかっただろ!? 日本の”ヒユ”表現だ。プロポーズ的な!》


《はいはい。ヒューヒュー》


《う~、もっとノってくれてもいいだろ~》


 あんぐおーぐがフォークを咥えたままいじける。

 俺は彼女の視線をさらっと受け流した。


《それより、家事は当番制だったはずだけど?》


《うっ!? イロハが積極的にやってくれるから、つい》


《まぁ、いいけどね。わたしも動画を見ながらの作業だから、そこまで苦でもないし》


 具体的にはVTuberがやっている料理講座を見ながら作っている。

 正直、俺もこれまでは大雑把に作っていたし、それで十分だと考えていた。


 たとえば多少、味がズレていてもそれはそれでアジ・・だと。

 それこそ、たまにしか料理しない人の言い訳かもしれないが。


《それに、おーぐがおいしいって言ってくれるのも……やっぱり、なんでもない》


《なぁイロハ、今なんて言おうとしたんだ? なぁ、なぁ~?》


《しつこい。おーぐの料理がダメダメだから、って言おうとしただけだよ》


《そこまで酷くはないだろ!?》


 あんぐおーぐの料理は豪快でシンプルだ。

 というか……うん。


 この1週間で彼女が作ってくれたメニューを挙げると……まずはステーキ、というか肉を焼いただけのやつ。

 それから粉末に水を混ぜるとできあがる、インスタントのマッシュポテト。

 あとはグリーンピース。


 もはや食事というか、食材?

 ほかはレトルトやジャンクフードにスナック菓子ばかり。


《おーぐに任せてたら栄養バランスが死ぬ》


《ポテトは野菜だし、ケチャップも野菜だぞ?》


《そのアメリカ人思考だけはホント理解できない。というかしちゃダメだと思う!》


 あんぐおーぐが「価値観の押しつけだー!」と抗議してくるが、知るか。

 人の意思より栄養価、だ。


 まぁ、ある意味そのための料理対決だったしな。

 そこで彼女の腕前を確かめて、そして「任せておけない!」という判断を下した。


 だって考えてもみろ、もしも推しが不摂生で体調を崩して配信がお休みにでもなったら……。

 致命傷を受けるのはほかでもない、俺なのだ!


《けど、いいじゃないか。イロハは料理担当で。ワタシが洗濯を担当するから》


《乾燥機あるし、作業量に差がありすぎない? 干さなくていいんだから》


《干さないんじゃなくて、干ないんだぞ。罰金になるし》


 このアパートには乾燥機まで備えつけになっている。

 一方で……もちろん地域にもよるのだが、「景観を壊すから」とベランダには干せない。


 まぁ、そうでなくともアメリカじゃあ、自然乾燥よりも乾燥機のほうが主流らしいが。

 と、そんな話をしているうちにあんぐおーぐが食べ終わっていた。


《ふぅ~、お腹いっぱい! ごちそうさま、イロハ!》


《お粗末さま。って、言いながら追加でリンゴかじってるし》


 デザート代わりか知らないが、あんぐおーぐはアメリカ特有の小さなリンゴを齧っていた。

 日本で食べられなかった分、欲求が溜まっていたのかもしれない。


《おーぐってなにげに大食いだよね》


《これでもめちゃくちゃ少食になったんだぞ? ワタシもずいぶんと日本のヘルシー食に馴染んだからな》


《えっ、これで!? わたしの倍近く食べてるけど》


《それはイロハが少食すぎるだけだろ。以前までのワタシだったら、追加でシリアルを食べてたぞ》


 たしかに、日本で生活したアメリカ人が激痩せするって話はよく聞く。

 あんぐおーぐの場合、とくにそういった体型の変化もなかったから気づかなかった。


 あと、日本のヘルシー食ってコンビニ飯のことだよな?

 あれがヘルシーと言われると、うん……。


《というか、以前アメリカに滞在してたとき一緒に食事してただろ?》


《当時はそんなところまで見てなかったし》


《なんにせよ、これくらいはアメリカじゃ普通だぞ》


 アメリカ人の胃袋すげぇ……。

 そりゃ、なんでもデカくなるわけだ。


 聞けば、初日のハンバーガーも日本に引っ越してくる前ならペロリだったらしい。

 こういうのは、あんぐおーぐに料理を作るようになったからこそ、気づいたことだろう。


《けど意外だな。まさかイロハがここまでマメに料理するタイプだったとは》


《どのみち週に1回は自炊しなくちゃいけないし》


《たしかにな。こっちじゃ、日曜日はレストランもほとんど閉まるから》


 こっちに来て生活をしはじめて、とくに驚いたことのひとつだ。

 アメリカだと日曜日はレストランやスーパーまでほとんどが閉まる。


 日本だったらむしろ書き入れどきだから、考えられないことだ。

 けど、彼らの理屈もわからないではない。


《日曜日は”休日”だからな。そりゃ、店員だって休むぞ》


 だから、うっかり食材が家になかったりすると、食べるものがなくて困ることになる。

 俺たちもちょうど昨日、2回目の買い物に行ってきたが……週に1回は一緒にお買いものへ出かけることが、習慣になりそうだ。


 逆にそれ以外、ほとんど外出してないんだけどな!

 え、観光? そこにVTuberがいるなら行くが?


《ところでイロハ。じつはこの1週間ここで生活していたんだが……もう、ガマンの限界だ!》


《えっ? なにかそんなに不満でもあった?》


《あるに決まってるだろう!》


 俺はごくりと唾液を飲み込んだ。

 あんぐおーぐは激怒していた。


 結構うまいこと、共同生活が送れていると思っていたんだが。

 いったい、どこが悪かったんだろう?


《イロハ……”バスルーム”を変えよう! ワタシはもう、こんな風呂やトイレじゃ耐えられない!》


《えぇっ、不満ってそこ!? というか日本人のわたしじゃなくて、おーぐが先に音を上げるんだ》


 まぁ、気持ちはわからないでもないが。

 俺もたまにはゆっくりと湯船に浸かりたいとは思う。


 実家では防水スピーカーを置いて、長風呂しながら配信を見ていたし。

 浴室をある種、シアターのように使っていたのだ。


 あとはウォシュレットも、あったほうが気分は良いな。

 VTuberはトイレなんて行かない(諸説アリ)けど!


《というわけでイロハ。バスルームをリフォーム・・・・・しよう!》


《んんん!? ちょっと待って、なんでそこでリフォーム!?》


 さすがに、そこまでのことを言い出すとは思っていなかった。

 というかそもそも……。


《そんなことしていいの!? だってここ――賃貸だよ!?》



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