第179話『ディペンズ・オン・ユー』
《賃貸なのに、勝手にリフォームまでしちゃってもいいんだ!?》
《あぁ、全然いいぞ!》
《なんというか、さすがは自由の国だね》
《というより、日本が厳しすぎるんだ!》
言って、あんぐおーぐは苦い顔をした。
俺はずっと日本だからそのあたりの感覚がわからない。
《ワタシがそっちで部屋を借りるとき、”ゲンジョーイジ”って繰り返し注意されまくったぞ。もしかしたら、ほかの外国人がなにかやっちゃったのかもしれないが》
《うーん。まぁ、現状維持は基本ではあるけれど》
《だからって、壁にピンを刺すことすらダメって、いくらなんでもやりすぎじゃないか?》
《たしかに》
ガイドライン上は、画鋲くらいの穴ならセーフだったはずだ。
しかし、なるべく避けたほうがいい、というのが実際のところ。
《それに”シキキン”とか”レイキン”とか、いったいなんだ!? めちゃくちゃ高かったんだが!?》
《アメリカはそういうのないんだ?》
《一応、デポジットがないでもないが、あんなにも高額じゃない!》
《それはちょっと羨ましいかも》
《そもそも、こっちじゃ壁の穴どころか、壁紙まるごとを自分で張り替えるくらいは、よくある話だしな》
《えっ、すご!?》
《むしろ、そのまんまの部屋ってほうが珍しいんじゃないか? ほとんどのアメリカ人は、人と同じだったり、地味だったりは好きじゃないから。部屋も自己表現の場のひとつだし》
そのあたりも日本とアメリカの、家に対するスタンスのちがいを感じる。
あくまで人を招いて、見られること……あるいは見せることを想定しているように思う。
《まぁ、アメリカ人がなんでも自分好みにカスタマイズしたがる、ってだけかもだけどな!》
《そういえば食事とかも、トッピングするの大好きだよねー》
《あぁ! 逆に日本はセットが多いよな。もっとトッピングを増やして欲しいぞ。ココカリーくらいたくさん選択肢があると「最高!」ってなるんだけど》
どうにも自分で選ぶ、自分で決めることに強いこだわりがあるように思う。
あるいは人に決められたくない、といったほうが正確かも。
《そんなわけで、こっちじゃリフォームや、あとはDIYなんかも”模様替え”の一種にすぎない》
《日本じゃリフォームって、ほとんど”修理”って言葉とほとんど同じ意味になっちゃってるかも》
まぁ、耐震などの問題で日本は自然と新築が多くなるとか。
逆にアメリカはリフォームで建物の寿命が延びるため、古屋が多いとか。
ほかにもいろいろと理由はあるのだろうが……。
それはともかく。
《というわけで、イロハさえ構わないなら――》
* * *
《ほ、ほんとうにリフォームしちゃったよ》
あんぐおーぐが業者に連絡を入れて数日。
俺の目の前には底の深い浴槽と、ウォシュレットつきのトイレが鎮座していた。
さすがにユニットバスのままではあるものの……。
本当に、あっという間だった。
《というかこうも簡単に、アメリカでも日本式のお風呂やトイレって手に入るものなんだ》
《金にものを言わせたからな!》
《うーん、資本主義!》
《あぁ、そのとおりだぞ!》
俺はツッコミのつもりだったのだが、あんぐおーぐに大いに頷かれてしまった。
オイオイ、と呆れていると……。
《冗談じゃなく、わりとマジだ。極端な話、アメリカじゃ金さえかければなんでも手に入る》
《それは日本も同じじゃない?》
《そっちの資本主義とは比べものにならないぞ。――もっとシビアだ》
あんぐおーぐがすこしだけ真剣な顔をした。
俺は姿勢を正してから、続きを促した。
《たとえばアメリカのAWAZONでネット注文しようと思ったら、プライム会員になるのはほぼ必須だ》
《日本じゃ無料会員のままで利用してる人も多いけど?》
《アメリカじゃあ、プライム会員じゃないと延々と後回しにされて、いつまでも商品が届かないぞ。ちなみにプライムの月額料金も日本の4倍するぞ》
《それは高い! いや、妥当なのか?》
日本の感覚でいくとどうしても、高額に感じてしまうが……。
しかし、実際のところ相場なんてわからない。
《――”ディペンズ・オン・ユー”》
《え?》
《ここじゃ”すべては
《それは……》
たしかにシビアだな。
『自由』の対価である『自己責任』がそこにはある気がした。
お金や才能がある人間が住むにはアメリカは最高の国かもしれない。
けれど、それ以外の場合は……いや、それも結局は向き不向きなのだろうが。
《っと、シリアスな話はここまでだ。ちなみにイロハ、今からでもよければ炊飯器も買おうか?》
《いや、いいよ。もうスチーマーで炊くのも慣れちゃったし》
《そうか。それじゃあ、せっかくバスルームが新しくなったことだし……》
《え、えーっと? おーぐ? ちょっと近くない?》
俺はイヤーな予感がして後ずさる。
なんか、あんぐおーぐが「はぁ、はぁ」と荒い息を吐いていて怖いんだが!?
《いいいイロハ、ワタシと一緒にお風呂に入らないか!?》
《絶っっっ対にお断りなんだけど!? というか、おーぐだって人に肌を晒すのはイヤだったんじゃ!?》
《もちろんそうだぞ! でも
《えっ? だから、それはバスルームの話……》
《そうだ! 今までのバスルームじゃムリだった。でも、今の大きさなら一緒に湯船に浸かれるだろ?》
《えぇ〜っ!?》
《オマエが毎日のように「着替え忘れた」って言ってバスタオル1枚で歩き回るのが悪いんだぞ! ワタシを誘惑し続けるから!》
た、たしかに実家で生活していたときの感覚が抜けなくて、ついやってしまっていたが。
まさか、ガマンってそういう意味だったのか!?
《ち、ちがっ!? わたし、そういうつもりじゃなくって!》
《わかってる。イロハが自分に興味のないことになると急に無頓着になるって。だから……10万ドルでどうだ!? それとも100万ドルか!?》
《金で解決しようとするな!?》
《けど、ここはアメリカだから! 資本主義だから! こっちじゃこれが普通! ワタシ、ウソ吐カナイ!》
《十二分に犯罪だよ!》
あんぐおーぐは「むぅ~」と頬を膨らませた。
なんでお前のほうが不満そうなんだよ。
《イロハは手ごわいな。それともVTuberのグッズならいいのか?》
《……だ、ダメに決まってるでしょ》
《今ちょっと、心が揺れただろ》
《そ、そんなことないし》
《おっと? こんなところにワタシが近々出るVTuberイベントの関係者チケットが》
《!?!?!?》
そ、それは俺が抽選に落ちたイベントの!?
ストリーミング視聴だけで耐えるしかないと思っていたのに……!
《……ちょ、ちょっとだけなら》
《言質取ったぞ!》
《あっ!?》
俺はとっさに口を押さえたが、もう遅い。
勝手に言葉が出ていた。
あんぐおーぐがニマニマと笑っていた。
あ~~~~!? 俺のバカ!?
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