第180話『アンバー・アラート』
『もしもし、イロハちゃんぅ~? そっちの生活はどんな感じぃ~?』
「べ、べつにいつもどおりだよ」
俺はマイからかかってきた電話に、平静を装いながら答えた。
彼女と会話するのは久しぶり、というわけではない。
むしろ、アメリカに引っ越してから半月以上になるが、毎日のようにメッセージや電話でやりとりしている。
だから、動揺の原因はべつのところにあって……。
『イロハちゃん、絶対になにかあったでしょぉ~!? 正直にマイに話してぇ~!』
「だ、だからなにもないって言ったじゃん!?」
『誤魔化したってわかるんだからねぇ~!?』
うわぁっ、やっぱり!?
こういうときマイは本当に鋭い。的確に俺のウィークポイントを探り当てる。
『おーぐさんでしょぉ~!? まさか、またチューをぉ~!?』
「さすがに
俺は叫ぶような声で反論した。
決して、あんぐおーぐとはそういう仲ではない。
せいぜい、一緒にお買いものして、一緒にご飯を食べて、一緒に配信を見て、一緒に配信をして、一緒にお風呂に入って、一緒に歯磨きして、一緒に寝るくらいの仲だ。
セーフ……まだギリギリセーフのはず。そうであってくれ!
『「そこまでは」ってことはほかのことはしたんだぁ~!?』
「うっ!? いやっ、本当になんにもないから!」
『うわぁ~!? やっぱりぃ~!?』
いや、なんでわかるんだよ!?
くそう、なんとか言い訳を考えないと……。
って、なんでこっちが悪いことをしたみたいになってんだ!?
俺は、出張中に浮気をしたことを嫁に責められる旦那かなにかか!?
こうなったら、正直に全部ぶちまけ……。
ぶち、まけ……。
「お、おーぐはあくまでビジネスパートナーみたいなものだ、よ?」
『本当にぃ~?』
「本当、本当! マイが気にしすぎなだけだよ! それともマイは、わたしの言うことを信じてくれないの?」
『そ、それはぁ~』
気づくと、そう誤魔化してしまっていた。
いや、これはちがうんだ!
ただ、ほら? トラブルは回避するに越したことはないだろ?
マイだって知らないほうが幸せだろうし、お互いのためっていうか……。
『うぅ~ん。わかったぁ~』
「ほっ……」
マイがしぶしぶ、といった様子でだが聞き入れてくれる。
しかし、改めて文字にしてみると最近の俺とあんぐおーぐは距離が近いにもほどがあるな。
まぁでも、今だけの話だ。
アメリカでの生活は期限が決まっているし、日本に帰ったら……。
『わかったよイロハちゃんぅ~。そういうのは
「んっ?」
『だけどもし、そのときにウソ吐いてたってわかったらぁ~、イロハちゃんにはたぁ~っぷり埋め合わせしてもらうからねぇ~?』
「えっ、ちょっ、待って? それってどういう」
『それじゃあ、またねぇ~』
「マイ~!?」
そのまま通話が切れてしまう。
いったい、最後のはどういう……。
「っと、いけない!? そろそろ時間だ!」
まぁ、マイのことはあとで考えればいいや!
と、俺はすぐさま思考を切り替えた。
というより、俺はこのためにアメリカに来たといっても過言ではない。
すなわち――VTuberの現地イベント当日だ!
* * *
《イロハ、だれか知らない人について行っちゃダメだぞ! 「VTuberのグッズをあげるから」って誘惑されても、なんでも言うこと聞いちゃダメだからな!?》
《お前だよっ!》
俺はそんなやり取りをしながら、あんぐおーぐと
今日のイベントには彼女も出演者側で参加している。
「まったく、俺は子どもか」
と苦笑しながら自分の座席を目指す。
あんぐおーぐにチケットをもらったイベントなので、関係者席だ。
というか「グッズでつられる」? 甘いな。
すでに俺の全身は、今日のイベントグッズで固められているのだから!
「ゆえに、なにも問題は……」
《やぁ、そこのお嬢さん》
「あれー???」
そこで俺はあんぐおーぐの言がわりと大げさではなかったと知る。
実際、道中で何度も警備員さんに止められてしまった。
おかげで余裕を持ってきたのに、開演ギリギリになってしまった。
もし、開演前のVTuberのアナウンスを聞き逃したら、どうしてくれる!?
そう憤慨しながら俺はようやく席に到着したのだが……。
座ったら座ったで、となりの人がギョッとしてこちらを見てくる。
《お嬢ちゃん、ひとりで見に来たの? 親御さんは?》
もう、何度目かわからないやり取りをするハメになる。
この人は悪くないんだ。それはわかってる。
でも今は声をかけないでくれ!
アナウンスが聞こえなくなるからぁ~!?
《あ、あははー。わたしそこまで子どもじゃないんですよー》
俺はそう半分泣きながら受け答えした。
一応、俺は外見はともかく法律的には問題のない年齢なのだが……。
それだけアメリカでは子どもがひとりで歩いていたら、声をかけるのが常識なのだろう。
日本だと逆に、声をかけたほうが不審者扱いされがちだが。
正直、ここまでだとは思っていなかった。
子どもを守ろう、という意識がとても強いんだろう。
あるいは……。
悲しい話だが、それほどまでに子どもにとって危険が多いということか。
《ご、ごめんなさいね。あたしてっきり》
《い、いえー。むしろ心配してくださって、ありがとうございますー》
実際、アメリカでは子どもの誘拐事件が多い。
もちろん、対策していないわけじゃない。
声かけもそうだし、『アンバー・アラート』だってある。
事件が発生すると、州全体の人にスマートフォンや電光掲示板などですぐさま周知されるのだ。
誘拐された子どもの死亡率は、時間経過とともに飛躍的に上昇する。
未然に防ぐため、あるいは一刻も早く見つけるためにみんなが手を尽くしている。
「しかし、参ったなぁ」
俺は近々、ひとりで出歩かなければならない用事があるのだ。
なにかしらの対策を考えないときゃぁあああ! キターーーー!
《おーぐーーーー! 愛してるーーーー!》
イベントライブがはじまって、俺の思考は打ち切られた。
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