第181話『上気した頬、張り付く髪』

《おーぐおーぐっ! 今日のライブ、本っ当~に最高だった!》


《そ、そうか? そんなに褒められると悪い気がしないな~》


 自宅の大きなソファに並んで座りながら、俺は語っていた。

 いや~、本当によかった!


 やっぱり現地には現地にしかない良さがある。

 一体感や熱量、それから腹に響く音。


《中でも一番、おーぐの曲がよかったよ! あーもう好き! おーぐ大好き、超愛してる!》


《!?!?!? え、えへへ。イロハ、ワタシも……んちゅ~》


 なぜか俺の肩を掴んで、顔を寄せようとしてきたあんぐおーぐの手をバチンッと払った。

 いったいなにをしようとしてるんだ、こいつは?


《せっかく楽しい気分だったのに、水を差さないで欲しいんだけど》


《えぇえええ~!? 今、イロハが「愛してる」って!? ワタシが出演してた本人なんだが!?》


《二次元と三次元を一緒にしないでください》


《言ってることムチャクチャだぞ、オマエ!?》


 ひどい言いがかりだ。

 俺はまったくもって当然のことを言っているだけなのに。


《うぅ~! イロハはもっと、ワタシ本人にもやさしくしろ~!?》


《こらっ、引っ付いてくるな!?》


 あんぐおーぐが肩がダメなら、とタックルするみたいにお腹あたりにしがみついてきた。

 俺はその勢いで押し倒されてしまう。


《……フガフガ》


《ちょっ!? 匂いを嗅ぐな! 顔をぐりぐり擦りつけてくるな!》


《いいだろ~、今日はワタシがんばったんだ。ちょっとくらいご褒美があっても》


《それは、まぁ……って、それとこれはべつでしょ!》


 けどまぁ、たしかに最高のライブだった。

 それに俺の推しはあくまで”あんぐおーぐ”だが、こいつのがんばりがなきゃ成り立たないものだし。


《というか、それなら打ち上げいかなくてよかったの?》


《「一緒に来るか?」って誘ったら、オマエが断ったんだろ》


《いや、わたし参加者じゃないし》


《そんなこと気にしないって。イロハに会いたがってる人ばっかりだぞ》


《でも、ほかにもVTuberがいるんでしょ?》


《当然だろ》


《じゃあ、ムリ》


《イロハはそのあたり、ほんと強情だよなー》


 最近、あんぐおーぐと一緒にいるのが当たり前になっているため、忘れがちだが……。

 そこのスタンスは今も変わっていない。


《じゃあ、やっぱりワタシも帰るしかなかっただろ。イロハをひとりにするわけにはいかないし。なによりワタシがイロハに祝って欲しかったし》


《うっ》


《今、ちょっとドキッとしただろ?》


《してないし。って、あっ、ちょ!? あはははっ、くすぐった!? こらっ、やめろっ!》


《うりうりうり~!》


《あはははっ、やめっ、もう……お腹、苦しっ!?》


 俺は必死に身体をくねらせて、あんぐおーぐの手から逃れようとする。

 しかし、彼女が相手でも力じゃあ勝てない。


《おーぐ、お前イベント終わりでテンションおかしくなってるだろ!? あとで覚えてろよ!》


《ん~? なんのことだ~?》


《こいつ……》


 ようやく解放されて、俺は「ぜぇ、はぁ」息を吐きながら、あんぐおーぐを睨んだ。

 お互い、白熱しすぎて汗で髪が顔に張りついている。


 頬を上気させた彼女の顔が、予想外なほどの至近距離にあった。

 しばし、視線が交差した。


 彼女の熱い吐息が、俺のくちびるを撫ぜた。

 部屋に衣擦れと互いの心臓の音だけが聞こえていた。


《……》


《……》


《……そ、それじゃあ。一緒にお風呂入る、か?》


《……う、うん》


 あんぐおーぐに言われ、手を引かれるようにして立ち上がる。

 指を絡めるようにして、一緒にバスルームへと向かう。


 お互いにチラチラと、相手の様子を窺うように盗み見ていた。

 まるで間合いを測りあっているかのよう。


《って、なんだこの空気!?》


 俺は耐え切れなくなって、思わずツッコんだ。

 雰囲気があやしすぎるんだが!?


《あの~、おーぐさん? 一緒に入るなら入るで、もうちょっと自然に誘って欲しいんだけど? じゃないと、さすがにわたしも落ち着かないというか》


《いや~、あはは。そう言われても。なんだかんだ、ワタシもまだ人に肌を晒すのって慣れなくてな》


《あ、そうなの? じゃあ、べつべつに入るということで。チケット代金は払い終わった扱いでいい?》


《待て待て待て! 入るぞ! 一緒に入るからな!?》


《じゃあ、早くしてくれる? ん~っ》


 俺は胸を突き出して「さっさと脱がせ」とアピールする。

 あんぐおーぐは震える手を俺に伸ばしてくる。


《そ、それじゃあ失礼して》


《んんっ、ちょっとくすぐったい》


《す、スマンっ!?》


 やがて、ストンと俺の衣服が足元に落ちた。

 あんぐおーぐが無言のままで、動きを止めている。


《あの~、いつまでも見てないでさっさと続きも脱がしてくれる?》


《そ、そんなにも見てないし!?》


《遅い》


 言って、俺はスポポーン! と服を脱いで先行した。

 このムダな時間があったら配信を見ていたいし。


《なんでオマエ、見るのは全力で避けるクセに、見せることには抵抗ないんだよ!? 普通、逆だろ!》


 あんぐおーぐが悲鳴みたいな声で叫んだ。

 お湯を貯める前に、先にシャワーを浴びながら……俺は「そうそう」と思い出して尋ねた。


《おーぐって明日、忙しいんだっけ?》


《ん~? まだしばらくイベントが続くから、ダンスレッスンと……あとはグッズのサインをしないと》


《そっかー。じゃあ、仕方ないか》


《どうかしたのか?》


《あぁ、ちょっと出かける用事があって。それじゃあ、ほかの人にエスコート・・・・・されてこようかな》


《えっ? ……えぇえええ~!?》


 カポーン、とバスルームに音が響いた。

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