第126話『活動休止の理由』
「イロハ、あんた……外国語がわからなくなったって、まさか記憶が!?」
母親がサァーっと顔を青ざめさせた。
そして、すぐキッと視線を鋭くさせる。
「なんで、さっきすぐ異常があるって言わなかったの!? お母さん、急いでもう一度お医者さんを呼んでくるから!」
「わーっ、待って待って待って!?」
病室を飛び出そうとする母親を慌てて引きとめる。
けどこれ、どうやって説明しよう?
「イロハ、ゴメン。ワタシのせいダ。ワタシがムチャをさせたかラ」
「ちがうって! そんなのじゃなくって! え~っと……っだーもう! 面倒くさい!」
うまい言い訳が思いつかなかった。というか、どうやってもできないと思う。
だから、俺は開き直ることにした。
「いいんだよ、これで! というか昔がおかしかっただけで、今が普通なの!」
「……? どういう意味ダ?」
俺はすでに、あのチートじみた翻訳能力を失っている。
ならば今さら語ったところで、大差はあるまい。
「じつはわたし、あるときからちょっとした特殊能力に目覚めたんだよね。それで、一瞬で外国語を覚えて、話したり読んだりできるようになってたの」
「そういえばぁ~」
マイには心当たりがあったようだ。
実際、この能力が最初に発現したのも彼女の前――外国人を道案内したときだった。
「ウワサは本当だったのカ。あのときの配信、本当に一瞬で外国語を覚えていたのカ」
「まぁ、そゆこと。で、多分だけどそれができていたのって脳に異常があったからこそなんだよね。けど、今はもうお医者さんも言っていたとおり……きれいさっぱり、ってわけ。能力も一緒にね」
「え~っ!? イロハちゃん、そんなにおもしろいことできてたなら、もっと早く言ってよ~っ!」
「言えるかっ!」
シリアスになりかけた雰囲気が、あー姉ぇの発言ですこし和んだ。
まぁ、彼女自身にはそんな意図もなく、ただ思ったことを言っただけだろうが。
「あー、ごほんっ。で、しょっちゅう倒れてたのもその能力、というか脳の異常のせい。なくなった今じゃあ、むしろ前より健康みたいな? だから、なにも心配することなんてないんだよ」
「そっかぁ~」
よかった、とみんながひとまず息を吐いた。
しかし、母親はまだ不安なようで「それでも」と口を挟んでくる。
「それでも心配だから、念のためお医者さんには伝えておきましょう? きっと、診てもらっておいたほうがいいわよ」
「うぇっ!? いっ、いいじゃんべつにさ! もう終わったことだし」
「でも、」
「それにわたし、実験動物になりたくはないし」
「……」
ちょっとズルい言葉を使う。
さすがにこう言われたら、だれも反論できないようだった。
「そう、ね。ごめんなさい」
母親も納得してくれたらしい。
俺は空気を変えるべく「パン!」と手を叩く。
「よしじゃあ、この話はここでおしまい!」
これで、いち段落。
と思いきや、今度はあんぐおーぐが声を上げた。次はなんだ!?
「でもっ、だからっテ……能力をなくしたからっテ、配信までやめる必要はないだロ!?」
「っ! そ、そうだよぉ~イロハちゃん!」
あー、そうか。まだこの問題が残っていたか。
しかし、俺ははっきりと首を横へ振る。
「ごめん、休止は最初から決めてたことだから」
「”
「そうだよぉ~! それにマイとの約束はぁ~? マイをマネージャーにしてくれるって言ったでしょぉ~!?」
そこでマイは「あっ!」とさも名案が思いついたかのように顔を明るくした。
どうやら『翻訳』という言葉が引っかかったらしい。
「そうだよぉ~! それこそ今の時代、”自動翻訳”だってあるんだから、きっと大丈夫だよぉ~!」
「そ、そうだぞイロハ!」
マイの発言にあんぐおーぐも同調した。
しかし、その表情には複雑な感情が混じっていた。
その理由が俺にはわかった。
いったい、どれだけあんぐおーぐの配信を見てきたと思ってやがる。
彼女は実際の会話で翻訳機を使う難しさを知っているのだ。
俺は、いかに彼女が国際コラボで苦労してきたかを知っている。
現実問題として翻訳機を介すと会話にラグが起こる。
音声を認識して、解析して、それをさらにほかの言語へ変換するのだから当然とといえば当然。
毎回、数秒ずつ彼女たちの時間はズレていく。
テンポが重要な会話において、それは致命的だ。
だからこそ、あんぐおーぐ自身も趣味以上に日本語を勉強してきた。
そうして、今では意思疎通できるまで至っているわけで……。
――しかし! 今はその話はまったく関係がない!
なぜなら……。
「あっ、いやそうじゃなくて。たとえ能力があっても休止するつもりだったんだよ、わたし」
「へっ?」
「だって、考えてもみてよ。わたし、1週間も眠ってたんだよ? それに今回の騒動がはじまってからこっち、ずっと忙しかったでしょ? つまり、なにが言いたいのかというと……」
「――見たい配信が溜まりまくってるんだよぉおおおおおお!!!!」
「そこぉおおおっ!?」「ハァ~~~~っ!?」
それを見終えるまで配信なんてできない!
俺はたしかにVTuberだが、それ以上に”ファン”なのだ!
やるべきことはやった。
世界を救ったんだ。もう十分だろ。
ならば……今くらいは、自由に趣味を満喫させろぉおおおっ!
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