第127話『VTuber新時代』

「見たい配信が溜まりまくってるんだよぉおおおおおお!!!!」


 だから、俺は絶対にVTuber活動を休止する!

 ……え? ファンの人たちがかわいそうだって?


 うるせぇ!

 かわいそうなのは俺だよ!


 なにごとにも優先順位がある!

 俺は当分、ただただアーカイブを消費するだけの日々を送るんだ!


「オマエ……このっ、まぎらわしい言いかたしやがっテ!」


「そんなに怒らなくてもいいじゃん。それに、わたし無期限・・・の休止だなんて言ってないし」


「こっ、コイツぅ!?」


 誤解させてしまったのは申し訳ないと思うが、俺は悪くないよねぇ?

 と、そこで母親が「もしかして」と視線を険しくした。


「あんたまさか、外国語がわからなくなったことをお医者さんに言いたくないのって、詳しく検査されたり入院が長引いたりしたら配信見る時間が減るから、じゃあないわよね?」


「うっ!? ソ、ソンナコトナイヨ」


「イロハっ!」


「ひぃっ!?」


 母親が呆れたように「はぁ~~~~」と長いため息を吐いた。

 もはや怒りを通り越してしまったらしい。


「でもイロハ、大丈夫なのカ?」


「なにが?」


「だってオマエ、外国語わからなくなったんだロ? それじゃあ海外勢の配信をこれまでと同じようには楽しめなくなってるんじゃないのカ? それはイロハにとっテ……」


「あははー、だね。正直、致命傷に近い」


 俺は「けれど」と続けた。

 不安はなかった。


「べつにいいさ。もう一度……今度こそ、わたしの力・・・・・で外国語を覚えるから」


「……!」


 俺はもう知っちゃったから。

 きちんと相手の言語を理解して視聴したときの、配信の楽しさを。


 それに不思議と「俺ならできる」という確信があった。

 能力は消えたが、これまでの経験は俺の中にきちんと残っている。


「とはいえ、ちょっとだけ大変だけどね」


 できなくなってしまったことも多いし、やりたかったことも中途半端のまま。

 けれど、そういうのは外国語を習得し直してから、またやればいい。


「じつはそういう意味でも休止期間が欲しかったの」


 迷いはない。

 次はもう、挫折しない。


「だから、わたしに外国語を学び直す時間を」


「だ、だったらワタシが英語を教えル! ワタシがイロハの力になるかラ!」


「いいの!? それは本当にありがたい!」


 ネイティブの教師役は実際、ノドから手が出るほど欲しかったところだ。

 なにせ日本人の英語力が低さは、その教員の少なさから来るとも言われている。


 実際、とある文教都市なんかでは英語教師をネイティブ2人体勢にすることで、中学の英語力を1位まで押し上げた。

 まぁ、だからといってそれを日本全土で行えというのは、物理的にも金銭的にも不可能だが。


「教えル……けド、やっぱりすこし休んだラ、活動はすぐに再開しロ。これからの時代・・・・・・・にVTuberが活動してる国の言語をすべて学習しようとしたラ、それこそ一生かかっても終わらないからナ」


「うん? どういうこと?」


 さすがに俺もチートじみた翻訳能力があったときのように、力技で片っ端から言語を覚えるつもりはない。

 そうするとVTuber活動が活発な国というのはわりとかぎられているのだが?


「アレ? そうカ、イロハはまだ目を覚ましたばかりだから知らないんだったナ」


「???」


 あんぐおーぐ、マイ、あー姉ぇ、それから母親まで。

 顔を見合わせてニヤニヤとしていた。


「なんだよ、みんなして」


 そう問うた俺に、あー姉ぇが代表して答えた。

 それは、新たなる時代の幕開けだった。


「おめでとうイロハちゃんっ、じつは今ね……」



「――世界で、空前のVTuberブームが起こってるんだよっ!」



「な、なんだってぇ~~~~!?」


 いや、考えてみれば当然か。

 今回の件でVTuberはある意味、世界を救った。


 そしてノートパソコンで見せられたように、俺個人があれだけ話題になっているんだ。

 ならば、VTuber全体としてはもっともっと世界に広がっているに決まっていた。


「だからイロハ、いつまでも休んでる場合じゃないゾ!」


「マイも将来のマネージャーとしてぇ~、このビッグウェ~ブには乗るべきだって意見するかなぁ~?」


「でもっ、そうするとアーカイブがっ」


 俺は葛藤した。

 これだけ盛り上がっているなら……あるいはこれから盛り上がるなら、それこそ急いで、ひとつでも多くの外国語を習得し直さねばならないのではないか?


 そこへ「待った」をかけたのはあー姉ぇだった。

 みんなの視線がそちらへ集まる。


「ちょっと待って、みんな。配信はだれかに強制されてやるものじゃないでしょ? 大事なのはイロハちゃんの気持ち。MyTubeは――”好きなことで生きていく場所”なんだから」


「そウ、だナ。すまないイロハ」


「ごめんねぇ~、イロハちゃん」


「……いや」


 しかし、意外だな。

 俺をVTuberへと勧誘したあー姉ぇが止めに入るなんて。


 横暴に見えて、なんだかんだ最後はいつだって俺の選択を尊重してくれる。

 おかげで、俺は胸を張って言うことができた。


「わたし、やっぱり配信は――」


「だから、みんな……たとえここでイロハちゃんが配信したら、爆発的にVTuberをはじめる人が増えそうだなーっと思ったりしても、ムリヤリになんて配信をさせちゃあダメだよっ!?」



「――配信は、やります!!!!」



「あっれぇえええっ!?」


 俺は手のひらを返した。

 え、待って待って!?


 俺が配信したらVTuber増えるの?

 それは話が変わるじゃん!

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