第128話『推しの数=幸せの数』
「――配信は、やります!!!!」
突然、手のひらを返した俺にあー姉ぇが「あっれぇえええっ!?」と声を上げた。
それから、俺をおもんばかるように言ってくる。
「イロハちゃん、そんなムリしなくてもいいんだよ?」
「ムリなんてしてないよ。配信がしたいの」
「いや、でも」
「配信がしたいのっ! いやっ、させてくださいぃいいいっ!」
「えぇえええっ!?」
俺は涙ながらにあー姉ぇに訴えた。
そんな俺の姿を見たマイとあんぐおーぐが、愕然とした様子でつぶやいた。
「い、イロハちゃん……」
「ワタシたちの説得っテ、いったイ」
いやだって、仕方ないじゃん?
まぁ、俺もあー姉ぇに言われるまで気が付いていなかったのだが。
今、世界中の関心が俺……というか翻訳少女イロハに集まっているわけだろ?
これほど宣伝にもってこいな状況はない。
そして、自分をきっかけにだれかが新人VTuberとしてデビューすることはすなわち、”未来の推し”を増やしたことにほかならない!
これ以上に重要で幸福なことが世の中にあるだろうか?
いや、あるはずがない!
なんたって……。
「――推しの数は、幸せの数!!!!」
なのだから!
そんな宣言を聞いたあんぐおーぐは大きく嘆息し、それから……。
「はァ。まったク……けド、イロハらしいヨ」
どこか笑み混じりの声で、そう言った。
* * *
それからの日々はあっという間だった。
結局、医者からの言葉もあって数日間はおとなしくしていることになった。
すぐさま配信したいところだったが、仕方あるまい。
ここは病室だ。
周囲への迷惑や、プライバシー管理も考えるとガマンするのが最善だった。
しかし、それはまったく平穏な日々を意味するものではなかった。
たとえば……。
「イロハ、オマエ……ふざけんナ! いい加減に休ませロ!? いったい何時間、配信を見続けるんダ!?」
「えぇ~? わかったよ、じゃあ今日はあと5時間くらいでやめる」
「ヒィイイイ!? もうヤダ! ワタシ、おうち帰ルゥウウウ!」
「ちょっと、逃がさないよ。だっておーぐ、約束してくれたじゃん。英語を教えてくれるって!」
「”ヘルプミィ~~~~”!?」
「ゴメン、まだわたしの未熟な英語力では、なんて言ってるかわかんないや。だから、まだまだ教えてもらわないと! ところで、ここなんだけど――」
「ダレか助けテぇ~~~~!?」
と、英語圏の配信を見ながら、わからない部分をあんぐおーぐに教えてもらったり。
それから……。
「ぐっへっへぇ~! い、イロハちゃん、マイが身体を拭いてあげるからねぇ~?」
「ヒィイイイ! くっ、来るな!? わたし、もう起きてるから! 自分で風呂くらい入れるから!?」
「まぁまぁ~、そう言わずにぃ~! あっ、それともおしめ替えてあげよっかぁ~?」
「もう着けてないから!? というか、デリカシー考えろ! ライン越えだぞ!?」
「マイとイロハちゃんの間には垣根なんて存在しないもんぅ~!」
「『親しき中にも礼儀あり』だよ!? って、おまっ……近づくな!? ぎゃぁ~~~~!?」
と、お世話に味をしめた(?)マイにやたらと”おしめ推し”されたり。
あとは……。
『そうそう、最近のイロハちゃん情報だけど、ようやくおしめも取れて~。あっ、ちなみにおしめは、あたしが替えたりしてあげてたんだけど』
>>おしめ!?!?!?
>>kwsk
>>これはアネゴじゃなくママ
>>イロハちゃんが幼女から幼児に進化した!?
>>進化じゃなくて退化では?
>>は? 進化だるろぉん!?
>>あー姉ぇえええ! 今すぐ、その口を閉じろ! 次、お見舞い来たときタダじゃ済まさねーからな!?
『あっれー? イロハちゃんだ。やっほぉ~っ☆』
>>本人キターーーー!
>>激おこで草
>>アネゴ、まったく反省してねぇな!?
ってな感じに、あー姉ぇに配信上でいろいろと暴露されたり。
ほかにも……。
「イロハっ! あんた、入院の意味わかってんの!? 休めって言われてるのに、いったいいつまで配信見てるの!」
「ちっ、ちがうんだよお母さん。これは英語の勉強で」
「勉強なら教科書があるでしょ!」
「でも……そ、そう! これは治療でもあるの! VTuberの配信は万病に効く薬だから! ほらこうして実際、わたしも元気と活力が!」
「はぁあああ? んなわけないでしょ! スマートフォンは明日の朝まで没収します」
「あぁああああああーーーー!?」
と、こっそり見ていたスマートフォンを母親に没収されたり。
入院生活はそんな波乱の毎日だった。
そして、そうこうしている内に退院も決まった。
と同時にあんぐおーぐから「ちょっといいカ?」とひとつ頼みごとをされた。
俺はすぐに了承した。
その数分後、1件の着信があった。電話の相手は……。
「おひさしぶりです、おーぐママさん」
『ハロー。イロハ、*+〇■△%!』
あんぐおーぐの母親だった。
なんでも、俺の体調がよくなるまで――退院が決まるまで、電話するのを待ってくれていたそうだ。
俺が英語を話せなくなったことは、事前に伝えてくれていたらしい。
代わりに、スピーカーモードにしてあんぐおーぐが通訳に入ってくれていた。
「それで、電話の要件は?」
返答は予想どおりのものだった。
その内容とは、変わってしまった世界の情勢についてだった。
そして俺は知る。
戦争の終わりは、物語のエンディングのようにきれいなものではないことを――。
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