第423話『最後のひと勝負』


《お前にVTuber以外のことを話してもムダだもんなぁ》


 シテンノーは諦めたように言った。

 失敬な。最近は俺だって、いろんなことがわかるようになっているというのに。


《それでイロハ、お前はどうする・・・・つもりだ?》


《……》


《ボクは決めたぞ。正式にこっちで進学することにした》


《……そっか。なんとなく、シテンノーはそうするんじゃないかと思ってた》


《ふふんっ。なんだ、お前も案外ボクのことをわかってきてるじゃないか》


 シテンノーは目をぱちくりとさせ、すこしうれしそうに笑った。

 ほら、な? わかってるんだよ。


《ボクにはやりたいこと、叶えたいことがたくさんある。でも、みんなと同じペースで歩いていたんじゃ追いつけそうにないからな。飛び級で大学を目指すことにする》


《こっちは日本とちがってそういう制度が豊富だもんね》


《あとは、あの研究所のこともある》


《……?》


《あの翻訳システムだってアイデアは一部ボクが出したものが採用されているが、実現までこぎつけたのは結局……ほとんどあそこの研究員だった》


 いや、向こうは雇われて仕事でやっているわけだし。

 お手伝いである自分と比べるものではないと思うのだけど……。


 そもそも、その年齢でアイデアを出して採用してもらっている時点でスゴすぎると思うのだが。

 しかし、シテンノーにとってはそんなことは関係ないのだろう。


《みんながボク以上の天才だ。その中に身を置くことは刺激になるし、まだまだ学びたいことも多い。いつか……いや、近いうちに必ず追い抜いてみせる》


《応援してる》


《……応援、か》


 シテンノーはまっすぐに俺を見つめてくる。

 となりの女生徒も今だけは、なにかを言いたいのをグッと堪えた様子で黙っていた。


《ボクは……お前もそうすると思ってた。いや、そうすべきだと思ってる》


《……》


《お前の才能はスゴい。オンリーワンだ。それは世界のために――言語学界のために使うべきだ》


《そうだね。じつはわたしも同じことを考えてた》


《~~~~! それなら、ボクと一緒にっ……!》


《でも……ごめんね。わたしは一度、日本に戻るつもり》


《な……なんでだよっ!? お前ならっ! お前と一緒ならボクはっ……!》


 シテンノーと飛び級でアメリカの大学へ進み、言語学を専攻する。

 それは……もしかしたら、ありえた未来のひとつなのかもしれない。


 でも俺はそれを選ばなかった。

 いや、選ばないことを決めた。だから……。



《――そっちは任せるね、シテンノーくん》



《っ……!》


《シテンノーくんになら任せられる……ううん。きっと、それはシテンノーくんにしかできないことだと思う。それとも――わたしとの約束、もう忘れちゃった?》


《~~~~っ! 忘れるもんかっ。ボクは将来、歴史に名を残す学者になるっ!》


《ん、なら大丈夫。わたしも……わたしにしかできないことをしようと思ってるから》


 視線はずっと、ずっと遠くへ。

 その先にあるのは世界だったり、あるいは未来だったりした。


《そうか、お前も自分のやるべきことを見つけたんだな》


《うん》


《はぁ~~~~っ、わかったよ。わかった、わかった》


 シテンノーは呆れた様子で……すこし泣きそうな顔で笑った。

 それから「念のため」と尋ねてくる。


《一応確認しておくが、その「わたしにしかできないこと」ってVTuberの配信を見ることじゃないよな?》


《……!? ……ちっ、ちがうよ?》


《おい待て、なんだ今の反応!? だったら答えが変わってくるぞ!?》


《ほ、本当にちがうもん! それは本当に……ちょっとだけ……いや半分……8割くらいだけだから!》


《そっちがメインじゃねーかっ!?》


 いや、そうじゃなくてこれがそれで、あれがこれで……!?

 もっともっとVTuberの配信を楽しめるような世界にしたいと思っていて……!


 つまりは動機がそれだという話なだけで!

 実際にはちゃんとマジメにやるというか……いや、VTuberの配信見てるとき以上に真剣なことってないけど!


《あー、もういいもういい。わかったから。お前もやるべきことをやるつもりなら、ボクもなにも言わない》


《……ほっ》


《ただ、ボクからひとつ提案……いや、お願いがあるんだが、いいか?》


《なに?》


《ボクともう1度、テストで勝負してほしい》


《……でも》


《わかってる。べつに勝っても負けてもなにもしなくていい。ただ最後にお前と勝負がしたいんだ》


《……》


《これからボクたちはべつべつの道に進む。だから――これがきっとボクたちが一緒に同じテスト受ける、最後の機会になるから》


《わかった。そういうことなら、よろこんで》


《ふんっ。ブランクがあったからって容赦しないからな。なにせ前回、ボクはお前に完敗したんだから!》


《こっちだって望むところ》


 試験は今週末だ――。


   *  *  *


 それから俺はシテンノーの誠意に応えるようにマジメに勉強に励んだ。

 それこそ、あんぐおーぐに……。


《あのイロハがマジメに勉強してる……だと!?》


 と驚かれるくらいに。

 ただ、俺は勉強だけをしているわけにもいかない。


 3ヶ月もご無沙汰だったのだ。

 ほかにもいろいろやらないといけないことがある。具体的には……。


《あーん、もうっ! 何時間見ても溜まったアーカイブが減らないよぉ~! うぇ~~~~ん!》


《とか言いながら、よだれ垂れてるけどな》


《ふへへへっ……じゅるっ。見ても見ても、まだこんなに見たい動画や配信が……なんて幸せ、じゃなかった……大変なんだ!? もうわたし困っちゃう~っ!》


《困ってるやつはそんな顔しないぞ》


 いやー、大変だなー!

 動画も見る。配信も見る。両方しなくちゃいけないのがヲタクのツラいところだ!


《というかオマエ、他人の配信を見ているよりもほかにやるべきことがあるだろ!?》


《ほぇ? やるべきこと? ……す、スパチャとか?》


《このVTuberバカ! オマエが急いでやるべきなのは……》



《――”復帰配信”だろうがーっ!?》



《あっ》


 ……わわわ、忘れてたぁ~~~!?

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