第228話『幼女戦(車体験)記』
銃の引き金を引いた瞬間、画面内から”翻訳少女イロハ”が消えた。
>>!?!?!?
>>イロハちゃんが画面外に吹っ飛んでいったが!?
>>さすがに草
「あははははははっ! あ~っ、おっかし~っ!」
「プフぅ~っ! こ、このときのイロハときたラ……ククク」
「笑うな、お前ら! 仕方ないだろ!? こんなに反動が大きいとは思ってなかったんだから!」
「イヤ、オマエが持ってたノ、かなりリコイルが小さいやつだったけどナ」
「……」
カメラが驚いた様子で翻訳少女イロハを追っていた。
画面内に倒れている俺が映り込む。
慌てた様子でインストラクターが駆け寄り、拳銃を取り上げていた。
怒声が響く。
《なぜちゃんと踏ん張らない!? 危ないだろう!? 万が一があったら、遊びじゃ済まないんだぞ!?》
《ご、ごめんなさい》
>>めっちゃ叱られてて草
>>イロハちゃん、どんだけ軽いんだwww
>>涙目になってるイロハちゃん、かわいい
おい、スタッフ!?
勝手に表情や身体の演出を大げさにしやがっただろ!?
さすがに俺も、泣いてまではいなかったはず。
せいぜい、ビックリしてキョトンと……ハトが豆
それに身体もちょっと転んだくらいだったはず。
なにより……と、当時のことを思い出して不満を漏らす。
「わたしもべつに、ふざけてたわけじゃなかったのに」
「そうだナー。イロハはマジメにやってコレだもんナー。ほんと運動神経が悪いよナー。かわいそウ」
「”かわいそう”ってなんだ!? ”かわいそう”って!?」
ボソッと言ったのを、あんぐおーぐに拾われてしまう。
言っとくけど、俺が悪いんじゃないからな!? 悪いのはこの身体で!
……とは反論できないので、「ぐぬぬ」と黙るしかない。
あー姉ぇは俺たちのやり取りを見て、また笑い転げていた。
「あ~、お腹痛いっ! そういえば、あたしの妹も言ってたっけ。『イロハちゃんに成績で勝つなんて簡単だよぉ~。体育で勝負を挑めばいいんだよぉ~』って」
「なるほどナ~。なんとなク、イロハは全教科満点なのかと思ってたゾ」
>>あれ? そういうのって、個人ごとに”到達目標”が設定されてるんじゃなかったっけ?
>>↑なにそれ?
>>生徒同士を比べるんじゃなく、その子がどれだけ成長できたかで評価するんよ
「つまりイロハ、オマエ……まるで成長していないのでハ?」
「ち、ちがうし。つねに100%の実力を発揮してるだけだし」
「余計にダメだロ」
「そんなこと言われたって仕方ないでしょ。手を抜いているわけでもないんだから」
それなのに、毎回のように筆記満点、実技最低点になってしまう。
大抵の記録はクラスでドベだった。
俺が唯一勝てた相手は、欠席者だけ。
まぁ一応? 不戦勝も勝ちは勝ちだし?
「…………」
そのときゴニョゴニョと声が聞こえた。
振り返ると、マイがあー姉ぇになにかを耳打ちしていた。
ひとりだけ仲間外れにするのもなー、と同じ部屋で自習してもらっていたのだが……。
おい待て。マイ、お前いったいなにを伝えてる?
「今、妹から速報が入りました。小学校のころは、体育の授業で先生がほかの人には『マジメにやりなさい』って注意するのに、イロハちゃんにだけは『お願いだからムリはしないで』って懇願してたらしいよ~」
「えっ。なにそれ、わたしが知らないんだけど」
「クラスのみんなも『うっかり死んじゃいそうでハラハラする』って言ってた、って」
「さすがに、そこまで虚弱体質じゃないんだけど!?」
俺ってそんな印象を持たれていたの!?
たしかに能力の影響で、倒れて病院に運ばれたことはあったが……。
「ちなみにあたしは体育の成績、いつも満点だったけど姉ぇっ☆」
「体育”だけ”の間違いでしょ」
「ブッブ~! ちがいますぅ~。美術も満点でした~!」
「アネゴェ……」
あー姉ぇの知識、ほんと偏ってるよなー。
まぁ、俺も人のことはあまり言えないが。
もし普通に社会に出ていたら、あー姉ぇはきっと苦労……してなさそうだな!?
考えてみたら、どんな環境でも彼女なら楽しくやっていそうだった。
――”推しは推せるときに推せ”、か。
考えてみると彼女が今、俺の推しでいてくれることは奇跡にも近いことなのかも。
こういう”好き”を仕事にする人は、両極端になりがちだ。
片方はそれしかできない人。
もう片方はなんでもできる中で、あえてそれを選んだ人。
どちらが良い悪いという話ではない。
ただ、あー姉ぇはきっと後者の人間だろうし、彼女がいなければ俺もVTuberになっていない。
奇跡の連続で、今という時間がある。
そう考えると、奇跡ってありふれてるな。
「算数も国語も、あたしにかかればもちろん余裕だけど姉ぇ? 7×7=47!
>>これが義務教育の敗北、か
>>ま、まぁ一応? 体育と美術の経験は活きてるっぽいし?
>>ほら、まさに今とか!
コメントにつられて、視線を動画へと戻す。
あー姉ぇが左右の手に拳銃を1丁ずつ持ち、ノリノリで乱射していた。
『ふははは~! 乱れ撃つぜ~っ!』
《ヒュ~! 最高だぜ、嬢ちゃん! いいぞ、もっと撃て~!》
インストラクターに絶賛されていた。
そこまで遠くない的だが、カン、カン、カァン! と鉄板が次々と小気味いい音を鳴らしている。
ほんと、身体で覚えることは早いんだよなぁ……。
「それで、このあとは~」
動画が次々と再生されていく。
それからの体験も俺は振り回されっぱなしだった。
いやまぁ、あー姉ぇとあんぐおーぐはかなり楽しんでいたが。
機関銃で「ヒャッハー!」、大砲で「撃てぇーっ!」、火炎放射器で「汚物は消毒だー!」と大騒ぎ。
そして、いよいよメインディッシュ。
動画の中であー姉ぇが「早くっ!」と急かしてくる。あんぐおーぐも目をキラキラとさせていた。
俺は嘆息し、諦めたように叫んでいた。
『”パンツァー・フォー!”』
ブォオオオン! と力強い音を鳴らし、俺たちの乗った戦車が発進した――。
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