第224話『熱に浮かされて』
花火が俺たちふたりを照らし出していた。
瞳を閉じ、ジッと”返答”を待つあー姉ぇに俺は見惚れていた。
「……ゴクリ」
意図せず、のどが鳴った。
ちがう! なにを考えてるんだ俺は!
俺が好きなのはあくまでVTuberの”姉ヶ崎モネ”だ。
ファンとしての一線は今も、越えたくないと思っている。
にもかかわらず、あー姉ぇを見ているとひどく胸が締めつけられるような気分になる。
それはつまり、VTuberとしてだけでなく彼女自身にも惹かれはじめているということで。
「イロハ、ちゃん……」
「あー、姉ぇ……」
徐々にお互いの顔が近づいていく。
自分でも自分の気持ちがわからなかった。
頭がうまく働かない。
まるで熱に浮かされているみたいに、ぼうっとする。
「……は、……ぁ」
あー姉ぇの吐息が俺の唇に触れる。
すごく、熱い。
「イロハちゃん。あたしイロハちゃんのことが……」
「あー姉ぇ。わたしもあー姉ぇのことが……」
俺はゆっくりと目を閉じた。
静寂の中、ひときわ大きく花火の音がこだまして……。
「――ぶぇえええくしょんっ!!!!」
あー姉ぇが盛大にくしゃみをかました。
ズルズルと彼女の鼻が鳴っていた。
「こ、このタイミングでっ!?」
雰囲気がぶち壊しだ、とツッコもうとしたのだが、そこで気づく。
……くしゃみ?
「あー姉ぇ、ちょっとおでこ貸して」
「ふぇ?」
あー姉ぇの前髪を掻きあげて、コツンとおでこをぶつける。
こんなので正確に体温が測れるわけもないが、それでもわかるくらいに……。
「熱いっ!? あー姉ぇ、すごい熱だよ!?」
顔が真っ赤になっていたり、いつもの調子じゃなかったり。
よくよく考えてみると、どれも風邪の症状じゃねーか!?
「あー姉ぇ、しんどいなーとか、身体がダルいなーとか、思わなかったの!?」
「……?」
コテンとあー姉ぇが首を傾げる。
コイツ、バカすぎて自分の体調が悪いことに気がついてねぇ!?
「これが”バカは風邪引かない”の正体か」
俺も俺だ。
恋の病とはよくいうが、まさか恋と病を誤認していただなんて。
「あはは~、イロハちゃんがいっぱいいる~。それにアメリカの夏は本当に暑いね~」
「それ意識、朦朧としてるやつ!? あと暑いのは風邪のせいで、むしろ乾いてる分アメリカのほうが体感温度は……って、あー姉ぇ~!?」
「キュウン……」
ついに限界を迎えたらしく、あー姉ぇが目を回しながら倒れた。
それを「ぐぎぎ」と支えながら、俺は叫んだ。
「ヘルプ・ミーーーー!!」
* * *
「ほっ、なぁ~んだぁ~! お姉ちゃん、風邪でおかしくなってたんだねぇ~!」
「ワタシはわかってたゾ! あのアネゴがあんな態度を取るなんテ、変だと思ってたんダ!」
翌日、マイとあんぐおーぐが白々しく言っていた。
そのとなりでは、ベッドの上であー姉ぇが「うぅ~ん」と呻いている。
さっき病院で診てもらってきたのだが案の定、風邪とのことだった。
ていうか……。
「ふたりとも、さっきまで『あははぁ~! お姉ちゃんが風邪なんて引くわけないよぉ~!』とか『バカだナー、イロハ! コトワザを知らないのカ? バカは風邪引かないんだゾ!』とか言ってたでしょうが」
「「……」」
ふたりはスッと視線を逸らした。
まったく……お前らの勘違いで、俺もずいぶんと振り回されたんだからな。
「考えてみたら、あー姉ぇがわたしだけに
「うぐぅ~っ!? で、でもイロハちゃんぅ~!」
「そうだゾ、イロハ!? ワタシたちだっテ……」
「イロハちゃん~、ごほっごほっ。お水~ちょうだい~」
「はい、どうぞ。あー姉ぇ」
言い訳しようとするふたりをムシして、あー姉ぇのお世話をする。
せがんできた彼女の口元にストローを近づけてやると、彼女ののどがコクリコクリと音を鳴らした。
「ぷは~っ。ありがと~」
「どういたしまして」
そのやり取りに、昨夜までのような居心地の悪さはない。
あー姉ぇの様子はいつもどおりだった。
「一時はどうなることかと思ったけど。これで、いち段落かな」
ボソっと呟く。
本音をいえば、とんでもない誤解の種を撒いてくれたふたりに灸をすえたいところだが、うっかり読唇で聞いてしまったことだし内容も内容だから、追及はするまい。
「うう~。でも、企画配信が~、撮影が~」
「それは体調が戻ってからやればいいでしょ。あと、だから撮影じゃなくって……へっくち!」
俺はズビっと鼻を鳴らしてから「あれ?」と首を傾げた。
なんだか、俺もちょっと体調が悪いような?
体温計を取り出して計ってみる。
あ~、なるほど。
「わたし、あー姉ぇのが
俺はホッとした。
あのときおかしかったのは、あー姉ぇだけじゃなかった。
だけど、あれは俺もべつの意味で”熱に浮かされて”いただけらしい。
「夢中になる」ではなく「熱でうわごと」をこぼしていただけ。
そうに決まっている。
そうじゃなきゃ、俺は本当にあー姉ぇのことが……。
「いやいやいや、ない。絶対にない。……って、おわっ!?」
「風邪って、大丈夫なのイロハちゃんぅ~!? すぐに横になってぇ~!」
「安静にするんダ、イロハ! ワタシたちが看病してやるかラ!」
マイとあんぐおーぐがすさまじい勢いで俺に迫って来る。
こ、コイツら……。
「マイもおーぐも、あー姉ぇのときと反応がちがいすぎない?」
「いやぁ~、なんていうかぁ~。まだ、お姉ちゃんが風邪引いたって実感が湧かなくてぇ~」
「それニ、アネゴなら放っておいてモ、すぐに完治して元気になるだロ?」
あー、これは好感度というよりも、アレだな。
日頃の行い。
「もっと、お姉ちゃんのことも心配して~~~~!?」
あー姉ぇが半泣きになりながら、叫んだ。
俺は苦笑し……。
――その日の夜のことだった。
「……イロハ、ちゃん」
あー姉ぇの吐息が俺の耳元をくすぐる。
ギシ、とベッドが音を立てた。
俺の心臓がバクバクと早鐘を打っていた――。
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