第387話『脱出までのカウントダウン』


「お願いだ! 頼む……!」


 そう天へと祈りながら手をかかげ続ける。

 スマートフォンの画面が夕日に反射して光っていた。


 そのまま数分間、俺は耐え続けた。

 けれど、さすがにそろそろ限界。


 やっぱりダメだったのか?

 そう諦めかけた、そのとき。



「――繋がった」



 スマートフォンが衛星通信に成功していた。

 俺は慌てて、メッセージを送信して位置情報を伝えようとして……。


「あっ」


 だが、その瞬間にズルっと手が滑って身体が宙を舞った。

 これは……死ぬ!?


 この高さから落ちたら絶対に助からない。

 そう、ギュッと目を閉じ……。


’――娘、大丈夫か?’


 ドサっ、と途中で落下が止まる。

 俺をここまで押し上げてくれた現地民の人が、うまくキャッチして助けてくれたのだ。


’あ、ありがとうございます’


’これ以上はオレたちも厳しい。降ろしてやるから、そのままジッとしていろ’


’は、はい’


 死にかけた恐怖と筋肉を酷使した影響で、手がプルプルと震えていた。

 そのまま、俺はまるでバケツリレーするみたいに人の手を渡って、地面へと降ろされた。


「はぁっ、はぁっ……」


 まだ心臓がバクバクといっている。

 見上げると、さっきまで自分がいた木のてっぺんは高すぎて見えなかった。


「って、そうだ!? メッセージは!?」


 急いでスマートフォンの画面を確認する。

 結果は――。


「……そん、な」


 送信できていなかった。

 ギリギリで指のタップが間に合わなかったのだ。


 それにたくさん時間も使ってしまった。

 気づけば森は夜に包まれつつあった。


 もしかして、俺の行動はムダだったのか?

 そう落ち込みかけた、そのとき。


’娘! 娘! 来い!’


 現地民のひとりに何度も呼ばれて、腕を掴まれた。

 そのまま強引に引っぱられていく。


’あの、痛っ……なっ、なんですか!?’



’――彼女が目を覚ました!’



’えぇっ!?’


 状況はめまぐるしく変化をはじめていた――。


   *  *  *



《――いったいなにを考えてるの!? イロハちゃんのおバカぁあああ!》



《ご、ごめんなさい~っ!?》


 俺はシークレットサービスの女性から盛大にお説教を食らっていた。

 もう2度と目覚めないんじゃ? とすら思っていた彼女が、大声を発していた。


《まったく! 本当にもうっ……げほっ、ごほつ!?》


《だ、大丈夫ですか!?》


《イロハちゃんにアタシの心配をする資格はない!》


 彼女は言って、水をゴクゴクと煽っていた。

 ぷはぁ~、と息を吐いてようやく落ち着いてくれる。


《あの、心配かけてごめんなさい》


 俺は改めて謝った。

 俺は選択を間違えるところだった。


「……っ」


 今、考えてもブルリと恐怖に襲われる。

 森で冷静さを欠くことは、自ら死を招きいれることに等しかった。


 もし、あそこで携帯用バッテリーに気づかなければ……。

 あるいは衛星通信のために木を登って、時間を費やしていなければ……。


 俺は間違いなく集落を飛び出しまっていただろう。

 そして、弱っちい俺のことだ。あっさりと死んでいたはず。


《イロハちゃん、もう絶対にひとりで森へ入ろうとしないで。わかった?》


《で、でもっ! メッセージも送るのにも失敗したしっ……!》


 たしかに今回、彼女はなんとか体調を持ち直して目を覚ました。

 だが、同じことが起こらないともかぎらないのだ。


 少なくとも俺には、彼女の顔色は以前より悪くなっているように見えた。

 たしかに、多少は時間の猶予ができた。


 だから、俺はもうすこしきちんと準備してから……また、森へ入るつもりだった。

 待っていても救助は来ない。自分から行動しないと……。


《落ち着きなさい。まだスマートフォンの充電はあるんでしょう?》


《すこしだけ、ですけれど》


《それなら森へ入るよりも先にやることがあるでしょ? まずは充電が切れるまで何度でも挑戦しましょう?》


《……たしかに》


《それに一瞬でも繋がったのよね? それならこちらからメッセージを送ってなくても……向こうがGPSの反応を追い続けてくれていたなら、気づくはず》


《そうなんですか!?》


《えぇ――もちろんよ・・・・・


 そ、そんなことができただなんて。

 考えもしなかった。


 にしても、さすがはシークレットサービスだな。

 知識の幅が非常に広い。


《だから――救助はいつか必ず来る。イロハちゃんがすべきことは、助けが来ると信じて待ち続けること。なにがあっても、ね。……そう、たとえアタシが死んだとしても》


《なっ!?》


《イロハちゃん、だから……絶対に、2度とひとりで森に入ったりしないで》


 シークレットサービスの女性は繰り返すようにそう言った。

 真剣なまなざしだった。


 俺にはイエスもノーも返すことができなかった。

 ただ、せめて……スマートフォンの充電が切れるまでだけは、その約束を守ろうとは思った。


   *  *  *


’どうでしたか?’


’できない’


’そうですか。いえ、ありがとうございました’


 木から降りてきた現地民の人から、スマートフォンを受け取る。

 ……今日もダメだったか。


 俺はあれから日に1回、衛星通信を試していた。

 だが残念ながらあれ以来、1度もつながることはなかった。


「といっても、それを自分の目でたしかめたわけじゃないんだけど」


 なぜなら、俺にはもう木登りするのは厳しかったから。

 あのときはアドレナリンが出ていたのか気づかなかったが、手がボロボロになっていた。


 それに「危険すぎた」と言って、現地民も許可してくれなくなった。

 代わりに、彼ら自身が木に登って通信を試してくれるようになっていた――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る