第388話『最後の1分の使い道』


 衛星通信は現地民の人たちが代わりに試してくれていた。


 俺はメッセージこそ送るのに失敗したが、1度目のおかげで操作方法はわかっていたから……。

 それで、やりかたを彼らに伝えてお願いしていた。


 彼らは意外なほどにすんなりと操作方法を覚えてくれた。

 数字のときがウソのよう……いや、あれだって本当はわざとだったもんな。


 決して、記憶力が悪いわけじゃないのだ。

 とはいえ、最初は……。


’その行動になんの意味が? その板でなにができるんだ?’


 となっていたけれど。

 電話も通信も、それどころか狼煙すら使わない彼らにうまく説明するのは骨だった。


’これは遠くに声を届けるための道具で……’


’最初、森の中から聞こえてきた音楽は、そいつが歌ってたんじゃないのか?’


’あぁ、いやそれは……’


 と、説明のためにすこしだけVTuberの動画も流した。

 ……いや、ちがうな。


 説明のため、というのはほとんどウソ。

 本当は自分のためだった。心を回復したかったのだ。


 シークレットサービスの女性の話からして、最悪このまま衛星通信できなくとも……最低限、位置情報はすでに伝わっている可能性が高い。

 そんな安心感もこの行動に繋がったのだと思う。


「っ……」


 今、思い出しても泣きそうになる。

 ひさしぶりに聞いた推しの歌声はすばらしいものだった。


’娘?’


’あぁ、いえ……すいません。明日もまた、お願いして構いませんか?’


’それは明日のオレに言ってくれ’


’あはは、そうでしたね’


 手伝ってくれた現地民の人が去っていく。

 もし釣りで多めに魚が獲れたときは彼にあげることにしよう。


 余った、と言ったらきっと受け取ってくれるはず。

 といっても、手が治ったあとの話になるが。


 彼らにはお礼にプレゼントを渡す文化はない。

 だから、あくまで俺の自己満足だけれど……なにかを返したい。そう思った。


「川岸から通信できれば、それが早かったんだけどな」


 川のそばも一応は開けてはいるが、あそこからでは衛星に繋がらないのだ。

 一瞬だけ繋がったあのときも、最初はそちらで試していた。


 けれど、それでもダメだったから木に登ったわけで。

 たぶん、方角が悪いんだと思う。


「衛星を見つけたのも反対方向だったし」


 川に対して、ちょうど背面……木々に遮られる形になってしまう。

 向こう岸からなら繋がる可能性もあるが、この集落には船がない。


 身ひとつで危険生物たちが住む川を渡るよりは、木登りのほうがずっと楽だし現実的だ。

 もちろん、衛星は動いているのだし、こちらの川岸からでも繋がる可能性はあるが……。


 今は充電に余裕がない。

 一度でも繋がった方法に絞るべきだと思った――。


   *  *  *


 そんな、ある日のこと。

 いつものように衛星通信を試してもらっていたら……。


’娘、彼女が呼んでるぞ’


’わかりました。――すいませーん! わたし行かなくちゃいけなくて、あとお願いしてもいいですかー!?’


’任せろー!’


 木の上に声をかけてから、席を外した。

 シークレットサービスの女性のもとへと行くと、さっそく質問された。


《イロハちゃん、今日は繋がった?》


《いえ。今日の分は、ちょうど今試していたところで》


《そうだったの。ごめんね、呼び出して》


《大丈夫ですよ。それよりどうかしたんですか?》


《……昨日も、その前も繋がらなかったのよね?》


《そうですね》


 なんだか、彼女の表情がすこし暗い気がした。

 俺が首を傾げていると、彼女は続けて確認してくる。


《墜落地点はどうだった? アタシや、あるいはだれかの通信機器が見つかったりは?》


《いえ、そちらも今のところはまだ》


 俺は首を横に振る。

 森へひとりで入ろうとした後日、シークレットサービスの女性から提案されたのがそれの捜索だった。


 おそらくは俺をここへと引き留めるための代案、なのだろうけれど……。

 たしかに、ひとりで森を進むよりはずっと現実的だった。


《じゃあ、機体についてははどう? 備えつけの通信設備は?》


《ごめんなさい。残骸を確認したんですが、やっぱりその部分はほかの場所に落ちたみたいで》


《そう》


《集落の人たちもみんな知らないって言っているので……もしかしたら空中で分裂したあと、対岸や川に落ちたのかもしれないです》


《……そう》


《ただ、わたしたちが墜落したあたりはまだ調べていない部分もあるので、もうすこし探索を続けるつもりです。それくらいなら、むしろここの人たちも積極的に協力してくれるので》


 今の俺は、衛星通信を試す以外の時間はそういった物探しをして過ごしていることが多い。

 ただ、当然ひとりではできるはずもなく……。


 「森の外へ行くのはイヤだが、狩りを兼ねての探索なら構わない」という彼らに、力を借りていた。

 あとは、俺と一緒に狩りをするとサルが獲れるから、というのも大きいのかも。


 声で獲物をおびき寄せられるのは便利だし、なにより――”おもしろい”そうだ。

 なんか、半分アトラクションみたいな扱いになっていた。


《でも、本当に気をつけて。たしか、そちらのほうにはジャガーが出るのよね?》


《えぇ。だから調査もちょっとずつで……。けど、安心してください。そちらへ行くときは、通常よりも多めの人数で行くようにしているので》


《それならいいのだけれど》


 やはり、彼女の様子がどこかおかしい。

 だが……。


《あの、やっぱりどうかしたんですか?》


《……大丈夫よ》


 尋ねても結局、彼女は答えてくれなかった。

 体調が悪化したわけではなさそうなのだが、今の俺には理由を推し量ることはできなかった――。


   *  *  *


 そして、もとの場所へ……。

 木登りしてもらっていた場所に戻ってきた、のだが。


「あれ? いない?」


 見上げると、すでに男性は衛星通信を試し終えたのか、いなくなっていた。

 あたりをキョロキョロと見渡す。


「スマートフォンもない?」


 探していると、ちょうどそこへ男性が戻ってくる。

 彼のほうから話しかけてきた。


’あぁ、娘。試したが、残念ながら今日もダメだった’


’そうですか。あの、ところで「例の板」はいったいどこへ?’


’……ん? おかしいな? そこの木の根元に置いたはずなんだが’


 指さされた場所を確認するが、どこにも見当たらない。

 イヤな予感がした。


 サァーっと頭から血の気が引いた――。

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