第247話『コンプリート!』
「イロハサマ~! もうお別れだナンテ、イヤデスゥウウウ!」
「う、うん。別れを惜しんでくれるのはいいんだけど、ここ空港のロビーでまわりの目もあるからね?」
俺の手を取って、わんわんと泣くイリェーナに苦笑いする。
いよいよ、今日はアメリカへと戻る日だ。
マイとあー姉ぇも見送りに来るという話だったが、まだ到着していないらしい。
あと母親が、一歩離れた位置から見守ってくれているのだが……。
「イリェーナちゃんって、たしか
「いやいや、ちがうからね!?」
「イロハサマァアアア~!」
「うわっ、ちょっと!? ますます引っ付いてくるな!? 余計に誤解されるでしょ!?」
イリェーナを押し返しながら「まったく」と嘆息する。
彼女にはいくつか恨み言があるのだ。
「ASMR配信の件、イリェーナちゃんのせいでお母さんにいろいろ言われて……本っ当に、恥ずかしかったんだからね!?」
「イロハサマ、大丈夫デス」
「なにがよ。なんにも大丈夫じゃないんだけど」
「ドウセ、――すぐ慣れマスヨ」
「やっぱり大丈夫じゃないじゃん!? わたしはそんな鉄の心臓、持ち合わせてないからね!?」
しかし、俺の発言にイリェーナはキョトンとした様子で首を傾げた。
なんだ、その不思議そうな顔は。
「イロハサマはそういう部分に対シテ、もっと鈍かn……広い心を持っていると思っていマシタ」
「それ誤魔化しきれてないから。もうほとんど言っちゃってるから。それに、わたしだってそれなりに恥ずかしいって感情くらいあるよ?」
「ウーン。そのわりには今さらとイウカ」
「なんの話?」
「ダッテ、すでにワタシたちは――その状態で同窓会に参加しちゃってまスカラ」
「……なんだって?」
俺は「まさか」と顔が引きつった。
この間、一堂に会していた同級生たちって、もしかして……。
「ハイ。ほぼ全員、あのASMR配信ヤ、あるいは切り抜き動画を見ていたと思いマス」
「はいぃいいい~!?」
え、待って待って?
そんな状態で俺たちは、仲睦まじくおしゃべりして……。
「あのとき、わたしたちどんな風に見られてたの!? も、もしかして
「タシカ、クラスのグループラインにやり取りがあったヨウナ。エェーット……」
イリェーナがスマートフォンの画面を見せてくれる。
LIMEのメッセージ履歴にはこんな文字が並んでいた。
『今回のASMRやばかったくね!?』
『イリーシャがいつも以上に最高だった!』
『イロハとまたコラボしてくれねーかなー!』
『ていうか、エロすぎた気がするけどこれ大丈夫か? とくにイロハ』
『イロハちゃんがえっちすぎて……私、もうあの子を純粋な目で見れない!』
『あのふたり、リアルでも付き合ってるのかな?』
「イヤァーーーー!?」
俺は頭を抱えてしゃがみこんだ。
イロハとしての人生至上、最大の黒歴史がここに爆誕していた。
ていうか「リアルで”も”」ってなんだ!
VTuberとしても、俺はべつに百合営業なんてしてないが!?
「ひっぐ、えっぐ……もう二度と、同級生に顔を合わせられない」
「そんなこと言ッテ、どうせ今回の件がなくても同窓会に参加したがらないじゃないデスカ」
まぁ、それはそのとおりだが。
実際、今後もう彼らと関わる機会なんてないかも……そう、思ったのに。
「そうだイロハサマ。コレ、みんなから『イロハサマに』って預かってきマシタ」
「え、なんかあったっけ? って、えぇえええ!? こここ、これはっ!?」
イリェーナがカバンから取り出し、手渡してきた袋を受け取る。
中を確認すると……入っていたのはなんと、複数枚のコースターだった。
VTuberのコラボカフェでしか手に入らないはずの、それ。
しかも全種類、揃っていた。
「ど、どうしたのこれ!?」
「同窓会の場で『集めてる』ってお話されていたデショウ? それでクラスのみんなで連れダッテ、行ってきたそうデスヨ」
「~~~~っ! ほ、本当にもらっちゃっていいの!?」
「もちろんデス。というか断らレルト、託されたワタシが困リマス」
「ありがとう! 本当にありがとう!」
「よろこんでもらえたヨウデ、よかったデス」
「みんなにも『ありがとう』って伝えておいて!」
「ダッタラ、イロハサマの口から直接……たとえば配信中の雑談とかで『こんなことがあってうれしかった』って言ってあげてくだサイ。そのほうがよろこぶと思いマスヨ」
「そっか! うん、わかったよ!」
俺は大はしゃぎで「わぁ~! わぁ~!」とランダムコースターを眺めていた。
まさかこんな形で全部、揃うとは!
今回の帰国で、一番の心残りがこれだった。
ピョンピョンと跳ねてよろこぶ俺に、どこか呆れた様子でイリェーナがこぼす。
「イロハサマはやっぱりイロハサマ、デスネ。できればワタシのこともそれクライ……。ケド、そういうところも含めて好――」
「イ~ロ~ハ~ちゃあああぁ~~~~ん!」
なにかを言っていたイリェーナの声をかき消しながら現れたのは、マイだった。
すごい勢いで抱き着かれて、俺は「ぐえっ」と声を漏らす。
「ギリギリになっちゃってゴメンねぇ~!? お見送りに来たよぉ~! でも行かせたくないぃ~!」
「あっはっは! マイは元気だね~! イロハちゃん、やっほ~! お姉ちゃんも見送りに来たぜいっ!」
「マイサン、どうしてアナタはいつもワタシのジャマばっカリ~!?」
さっきまでも十分に騒がしかったのに、今はそれ以上だった。
そして、この騒がしさとももうすぐお別れだ。
搭乗時刻まで、あと5分を切っていた――。
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