第246話『家族が増えるよ!』

「お、お母さん……あの配信、もしかして見たの!?」


「ううん。お仕事が忙しかったし、『えいえすえむあーる』って言うんだっけ? お母さん、そういうのよくわからないから見てなかったんだけど……切り抜き動画が流れて来てね」


「なるほどねー!? そっかー!? ありがたいなー!?」


 切り抜き氏さんには泣いて感謝するしかないな!

 まったく、なんて余計な……げふんげふんっ!


「それとあんた、ずっと男っ気がないと思っていたけれど――女の子が好きだったの?」


「ごほっ、ごほっ!? い、いきなりなんの話!?」


「いや、だって配信で」


「ちがうからね!? あれは、そう! ただの演技パフォーマンスだから! 視聴者サービスだから!」


「……ふぅん。演技ねぇ?」


 じぃ~っと見られて、俺は視線を逸らした。

 母親ってのはなんでこう、ときおり見透かしたような目をするのか。


 いや、見透かされるものなんてなにもないけどね!?

 って、俺はいったいだれに言い訳してるんだ。


「それよりも、お母さん……ええっと」


 誤魔化すべく、べつの話題がないかと探す。

 思いついたのは……。


「また最近、仕事忙しいの?」


「んー、まぁねぇ~」


 母親は会社から資料を持ち帰り、家でも作業している様子だった。

 俺は「うーん」と彼女に提案する。


「もし、仕事が大変ならべつに辞めてもいいよ。わたしが養うから」


 昔、似たような話をしたときとは状況が変わっている。

 おーぐママとの約束もあり、俺ももうしばらくVTuberを続ける覚悟だし。


 といってもタダではなく、裏方作業をいくらか手伝ってもらうが。

 しかし、そんな提案に母親は呆れ顔を返してきた。


「たしかに、あんたと比べりゃ大した額じゃないかもしれないけど、お母さんがやってるのも立派な仕事なんだからね? すくなくとも、あんたをここまで育てたのはこの会社のお給金だし」


「えっと、べつに貶すつもりじゃ」


「わかってるわよ。でも大丈夫よ。忙しいのはネガティブな理由じゃなくて、会社の業績が上がった結果だから」


「そうなの?」


「そうよ。というか、こんな忙しいときに辞めたらみんなに迷惑でしょうが」


「うっ!?」


 自分のことしか考えてなかった俺は、正論パンチにタジタジとなる。

 母親は「といっても」と続けた。


「もし嫌いな仕事だったら辞めてるけどね。それにもう、掛け持ちまでして働くつもりもないわ」


 言って、母親はあっけらかんと笑った。

 その笑顔は自信と魅力に満ち、そして不思議と女性的でもあった。



「案外――”やりがい”や”生きがい”なんてものは何歳からでも見つかるものよ」



 きっと母親にも、学生時代に抱いていた……叶えられなくなった夢があるだろう。

 それがなんなのか? なんてヤボなことを聞くつもりはない。もう終わった話だ。


 けれど、きっと彼女の全盛期は今だ。

 あるいは今日より明日、明日より明後日……これから先の未来にある、と。


「ねぇ、お母さんって再婚とかしないの?」


「それ、会社の上司からも言われたわ。しかも、その気はないって言ってんのに同僚から食事に誘われたり、役員の息子さんとの縁談を持ちかけられたり。あ、なんか考えてたら腹立ってきたわね」


 案の定、ずいぶんと男性を魅了しているらしかった。

 ただ、その人たちも運がないというか。あいにく、母親にはもう……。



「お母さんには、もう――”新しい家族”がいるのにね~!」



 そう。驚いたことに俺がアメリカに行っている間に家族が増えていた。

 それこそが母親の言う”新たな生きがい”なのだろう。


「というか、考えてみたら働いてる一番の理由ってこれかも。”この子”のごはん代を稼がないといけないでちゅもんね~?」


 母親が猫なで声で言った。

 どこからともなく「にゃ~?」と返事が聞こえてくる。


 チリンと首輪の鈴を鳴らしながら寄ってきたのは、1匹の仔猫だった。

 どことなく、毛並みに見覚えがあった。


”なぁに? ごはん? ごはんの時間? ごはんくれるの?”


「きゃぁ~! こんなに甘えてきて! かわいいでちゅねぇ~! ほ~ら、なでなでぇ~!」


「たしか、前に預かってた……あー姉ぇのマネちゃんとこの猫の、子どもなんだっけ?」


「そうなのよぉ~! ウチでひとり・・・引き取ることになって。マネージャーさんとは猫友よ!」


 母親がハイテンションに言う。

 ひとり、か。母親が仔猫のことをどう思っているかがよくわかる。



 ――言葉は心の写し鏡、だ。



 にしても、俺がアメリカに行って寂しくしてるかと思ってたんだが。

 全然、そんなことなかったな。


 正直、かなり心配していたから拍子抜けだった。

 あるいは、ホッとしたというべきか。


”おい、仔猫。わたしのがお前よりエラいんだからなー? よーく覚えておけよー?”


「あんた、猫の鳴きマネすっごくうまいわよね」


 俺はウリウリと、母親に抱かれている仔猫のおでこを突っついた。

 「お前は、父親みたいなやんちゃには育ってくれるなよ」と。


 次に帰ってくるのはおそらく半年後。

 そのころには、この仔猫も大きく成長しているんだろうな。


「……ねぇ、イロハ」


「なに?」


「お母さんにだって、あんたを養うくらいの貯えはあるんだからね。だから――もし、なにかあったら好きに帰って来なさい」


「……! うん、ありがとう」


 もしかしたら母親が仕事を辞めないのは、俺のためもあるのかもしれない。

 いつでも帰って来られる場所を……最後に頼れる場所を、残しておくために。


 だったら、そのときは遠慮なく助けを求めるとしよう。

 そうして夏休み最後の一週間は終わっていき……。


   *  *  *


 夏休み最終日。

 俺は空港でイリェーナたちに見送られようとしていた――。

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