第404話『ふたりきりのベッドの上で』


 あんぐおーぐの視線が俺に注がれていた。

 俺はまるでそれに絡め取られたみたいに、彼女から顔を逸らすことができなくなる。


《そんな……ダ、メ……おーぐ……》


《本当にダメなら突きとばせばいいだろ》


《……力……でにゃ、い……から》


《イロハは言い訳がヘタクソだな》


 あんぐおーぐに正面から抱きしめられた。

 お互い、一糸まとわぬ姿――俺たちの肌がぴったりと密着する。


 彼女のお腹や胸元のやわらかさ、背中に回された腕の安心感、それに絡み合った足がこすれて……。

 俺は頭がぼぉっとしてなにも考えられなくなる。


《イロハ》


《おーぐ……そんな、らめ……にゃの、に……》


 あんぐおーぐの唇が近づいてくる。

 だが、俺は動けなかった。


 ギュッと目をつぶった。

 そして、俺からもわずかにおとがいを突き出して――。



『――イ~ロ~ハ~ちゃぁ~~~~ん! はぁ~っ、はぁ~っ!? おーぐさんぅ~、イロハちゃんになにも変なことしてませんよねぇ~!?』



《《……》》


 お風呂場の扉――そのすりガラスごしに、ベッタリと張り付いているマイの姿が見えていた。

 いったいなにしてるんだコイツは。


 向こうからはこちらを窺えないだろうが、それだけ密着しているとこちらからは透け透けだ。

 彼女はまるで潰れたカエルみたいな恰好で「はぁ~っ、はぁ~っ」と荒い息を吐いていた。


《う、うわ~……》


 ちょっと引いてしまったが……おかげで助かった!

 俺はようやく我に返って、あんぐおーぐをぐいっと押しのける。


《ちっ、ジャマが入ったな。……あとすこしだったのに》


《あとすこしってなに!? べべべ、べつにわたしは流されたりしてませんけどぉっ!?》


『イロハちゃんぅ~、どうかしたのぉ~?』


「な、なんにもないよマイ! 大丈夫だから!」


『……本当ぉ~?』


「ホント、ホント! ワタシ、ウソツカナイ!」


『……』


 む、無言が怖ぇーーーーっ!?

 それにすりガラス越しに瞳孔が開きまくったマイが、ジッとこちらに視線を向けているのが見えて……。


 見えてない……本当に見えてない、んだよね?

 俺たちは急かされるようにしてお風呂を出た――。


   *  *  *


「はぁ~……つ、疲れた」


「イロハマ、大丈夫でシタカ? ソノ……ずいぶんと騒がしかったようデスガ」


 風呂からあがって部屋に戻ると、イリェーナが心配そうにこちらを見ていた。

 俺は両手を振りながら誤魔化す。


「だだだ、大丈夫だよ!? なんにもなかったよ!?」


「ちょっとイロハがはしゃぎすぎただけダ。まったく、明日が本番なんだかラ、静かにしテ……ちゃんとノドを休ませないとダメだゾ?」


「……っ!?」


 だれのせいだ、だれの!?

 と思ったが俺はグっと堪えるしかなかった。だって……。


「じぃ~~~~」


 と、風呂をあがってからも、マイがずっと俺に疑うような目を向け続けていたから。

 ヘタなことをしゃべると、ボロが出てしまいそうだった。


 いや、まぁべつに……本当になんにもしてないんだけどね!?

 あくまで、未遂だったし!?


「ふわぁ~あ……お姉ちゃん、もう眠ーいっ! 寝る!」


「そうだナ、明日も朝が早いシ」


「……そうだねぇ~」


「というわけでイロハサマ――ワタシと一緒に行きまショウカ?」


 あんぐおーぐの次はイリェーナだった。

 彼女は腕を絡めてくると、いくつもあるベッドルームのひとつへと俺を引きずり込んでいった――。


   *  *  *


 部屋に入ってすぐ、イリェーナとふたりで同じベッドにもぐりこんだ。

 それと同時に、彼女の指先が……布団の中で、俺の身体を這っていた。


<ひゃうんっ!? ちょぉおおおっ!? なっ、なにしてるの!?>


 俺は飛び起きた。

 なっ、なっ、なっ……!? い、今っ……!


<どうかしたんですか、イロハサマ?>


<いや、今イリェーナちゃんの手が……あ、あれ?>


 しかし、当のイリェーナ本人はキョトンとした顔で首を傾げていた。

 あれ? もしかして、俺の勘違い?


 さっき、あんぐおーぐにあんなことをされたから身体が敏感に――じゃなくて!

 ちょっと、そういう方向に過敏に・・・なってしまっていただけかも。


<すいません、すこし手が当たってしまったかも>


<い、いや。それなら全然いいんだけど>


<もしかしてワザと触ったとでも思ったのですか? ワタシはイロハサマの嫌がることはしませんよ>


<そ、そう? そうだよね、ごめん、わたしちょっと疑り深くなってたみたい>


<いえいえ、誤解が解けたならよかったです>


 俺は改めて布団をかぶった。

 次の瞬間、イリェーナの手がするっと裾から俺の服の中に入ってきていた。


<ひぅ、んんぅっ~~~~っ!? って、やっぱり触ってるじゃねぇかぁーーーーっ!?>


 布団をめくると、ガッツリと俺の素肌に触っているイリェーナの手があった。

 彼女は当たり前みたいな顔をして言う。


<はい、そうですけれど?>


<『はい』じゃな――ひゃうううんっ!?>


<大丈夫です、言ったとおりイロハサマの嫌がることはしません! これはあくまでイロハサマのため……リラックスして眠れるようにマッサージをしているだけなのです!>


<んっ、ひぅっ……このっ、バカ! ダメっ、指……くすぐった……ぁ、んんぅっ!?>


 モゾモゾと服の内側に入り込んだイリェーナの手が動き回る。

 俺は身をよじって彼女から逃れようとするが……しかし、許してくれなかった。


<っ!?>


 イリェーナがガバッ! と俺に覆いかぶさっていた。

 馬乗りになった彼女が、天井のライト――逆光越しに俺を見下ろしている。


<はぁっ……、はぁっ……>


 イリェーナの吐息だけが部屋に響いていた。

 彼女にベッドへと手首を押さえつけられ、俺は身動きできなくなっていた――。

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