第403話『みんなが部屋にいるのに……』


 部屋にみんなが集まってきて、あっという間に大騒ぎになっていた。

 俺たちは現在、警備の都合で同じ部屋に泊まっていたりする。


 しかも、VIP待遇ゆえか1泊100万円でも借りられなさそうな雰囲気と広さのある高級ホテルだ。

 それ自体は快適だし、みんなと同じ部屋というのもべつに構わないのだが……問題がひとつ。


「おいマイ、今晩のイロハはワタシのものなんだゾ。だからさっさと離れロ、シッシッ」


「ちがいますぅ~! おーぐさんにあるのは、あくまで”一緒にお風呂に入る権利”だけですぅ~!」


 なぜか毎日、俺がだれとお風呂へ入るかで争奪戦が行われていた。

 ちなみに、ほかにも一緒に寝る権利とか……朝、一緒にシャワーを浴びて髪を梳かしてあげる権利とかも取り引きされていた。


 な……なぜゆえ???

 あと俺の自由意思どこいった!?


「昨日はマイが一緒に入ったんだかラ、べつにいいだロ!」


「それはただのローテーションだもんぅ~!」


「マぁ、今日は端数・・だったからナ。でもそれハ、じゃんけんに負けたオマエが悪イ」


「ムキぃいいいぃ~っ!」


「あ、そうだ! イロハちゃん、今日はお姉ちゃんが一緒に寝る予定なんだけど――」


「!?!?!? げほっ、ごほっ!?」


 となりで話を聞いていたあー姉ぇが、とんでもないことを言いだした。

 いや、待って待って待って!? 彼女と一緒に寝る!? よりによって今日!?


 彼女の寝相の悪さは折り紙つきだ。

 それがよりにもよって本番前夜になんて……!?


「――予定、だったんだけれど。イリェーナちゃんに『どうしても』って頼まれたからお姉ちゃん、朝シャワーを一緒に浴びる権利と交換してあげることにしたよー!」


「うわぁあああん! 助かったよぉおおお! ありがとうイリェーナちゃんぅううう!」


 俺は命の恩人であるイリェーナに泣きながら礼を言った。

 よかった、本当によかった……。


「イエ……さすがにイロハサマのお命に関わることだったノデ」


「命? あはは、そんな大げさな―。うーん、でもなんだかお姉ちゃん……イロハちゃんと一緒に寝たくなってきたなー。よし、やっぱり交換をナシに――」


「やめてやレ!?」「イロハちゃんが死んじゃうぅ~!」「お願いしますカラー!?」


 全員が必死になってあー姉ぇを引き留めていた。

 みんなありがとう……ところで、いい加減に早く服を着てくれないかなぁ?


「うぅ~っ! おーぐさんはお風呂、イリェーナちゃんはベッド、お姉ちゃんはシャワーが一緒なのに……どうしてマイだけなんにもなしなのぉ~っ!?」


 マイはあいかわらずの不憫属性を発揮しているようだった。

 ちなみに、似たようなことが毎日起こるので……俺はもう面倒くさくなって「だったら、もうみんなで入ればいいじゃん……」と言ったこともある。


 だが、なぜかそれは却下された。

 どうにも彼女ら同士で”なにか”を競い合っているらしい。


 みんな、ソレだけは絶対に譲れないのだろう。

 だってその”なにか”とは……おそらく、俺の――。


「よしじゃあイロハ、うるさいマイは放っておいてお風呂に行くゾー! ワタシが洗ってやル!」


「えー、いいよべつに。自分で洗えるし」


「でも同じアパートで暮らしていたときハ、毎日――」


「わぁあああーっ!?」


 俺は大声を出して誤魔化した。

 みんながいる前でそんな話をするなーっ!?


「わわわ、わかったから! ほら、早く行くよおーぐ!」


「フッフッフ! なんダ、イロハもなかなか乗り気じゃないカ!」


「こ、こいつ……」


 俺はあんぐおーぐの背中を押してお風呂場へと向かっていった。

 部屋には「イロハちゃんはマイのなのにぃ~!?」という声が響いていた――。


   *  *  *


 この高級ホテルのお風呂場は、俺が提案したとおり――みんなで入っても余裕があるくらいに広い。

 しかし、そんなにも広い空間にもかかわらず……。


《イーローハっ!》


《ひゃうんっ!?》


 あんぐおーぐは洗い場で俺に引っ付いてきていた。

 これじゃあ、ふたりで一緒に住んでいたアパートのお風呂と変わらないな。


《ちょ、ちょっとおーぐ! 離れて! 洗いづらいから!》


《大丈夫だ。イロハの身体はワタシが洗ってやる……ぞっ!》


《んひぅっ――!?》


 にゅるんっ、とした感触が俺の身体を襲った。

 あんぐおーぐは俺を後ろから抱きしめたまま、お腹や胸元、足や腕など――俺の肌に手を這わせてくる。


《ひゃっ……やっ、んんっ……ダメっ、おーぐっ!?》


《ふっふっふ……! ワタシが隅々までオマエをきれいにしてやる!》


《んんぅ~~~~っ!?》


 ボディソープのつけられたあんぐおーぐの手が、俺の全身を撫でまわす。

 ぐいぐいと必死に彼女の腕を押しのけようとするが、その指先が動くたびにビクンっ! ビクンっ! と身体が過敏に反応してしまい……全然、抵抗できない。


《はぁっ……、はぁっ……おーぐ、もうっ……それ……ヤ、なのぉ……もう許……してぇ》


 俺は涙を浮かべ、荒い息を吐きながらあんぐおーぐへと懇願の視線を向けた。

 その瞬間、彼女はゴクリと生唾を飲み込んだ。


《イロハ……悪い、もうガマンできない》


《えっ? あっ……ひゃんぅ!?》


《んちゅっ……ちゅっ、ぺろっ……》


《~~~~っ!?》


 ビクビクゥっと身体が震えた。

 あんぐおーぐが俺の首筋にキスの雨を降らせていた。


《やっ……あんっ、ら、らめっ……!? みんなが部屋にいるのに、バレちゃ……んんぅっ!?》


《大丈夫、だ……ちゅっ。このお風呂場は広くて扉まで……ぺろっ……距離があるから、外までは聞こえないって。イロハが大きな声を出したりしないかぎり……ちゅっ、ちゅっ》


《んんぅううう~っ! そっ……そんなこと、言われた……ってぇっ……ぁんんぅっーーーー!?》


 ガマンしようとしても、どうしても声が漏れてしまう。

 それに大きなお風呂は、むしろいっぱい声が反響してしまって……。


《はぁっ……はぁっ、んっ……はぁっ……》


 やがて、俺はぐったりとして荒い息を吐くだけになっていた。

 あんぐおーぐはそんな俺の肩を掴んで、自分のほうを振り向かせる。


《イロハ――いいよな?》


 あんぐおーぐの熱っぽい視線が俺に注がれていた。

 俺は焦点の合わない潤んだ瞳で、彼女を見ていた――。

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