第219話『おままごと』


 青い空に緑の芝生。

 マイとあー姉ぇがパパさんの娘とじゃれ合っているのを、俺は眺めていた。


《すいません。お邪魔することになっちゃって》


《いやいや、気にすることはないよ。ボクらだけのバーベキューエリアじゃないんだから》


 おいしそうな肉の焼ける匂いがグリルから漏れてきている。

 俺は同じアパートに住むパパさんと並んで座りながら、ジュースでちびちびと飲む。


 タイミングが被ってしまった俺たちだったが、せっかくだからと一緒にバーベキューをすることになった。

 そういえば、こういった交流ってアメリカに来てからはじめてかも。


《にしても、やっぱりアメリカの人ってバーベキュー好きなんですね。日本だとめったにしないので》


《そうなのかい? まぁ、今日にかぎっては「独立記念日だから」ってのも大きいけれどね。ボクらも冗談めかして”バーベキューの日”って言うくらいだし》


《どうりで。あとはバーベキューの内容自体も全然ちがいますし》


《どんな風に?》


《そうですね、具体的には……》


 と、そこへあんぐおーぐがやってくる。

 その手には巨大な肉の塊が抱えられていた。


《イロハ! ワタシたちの肉も焼くぞー!》


《日本じゃこんな肉の塊は焼かないです。小さくカットしたお肉とか、野菜や海鮮を焼きながら食べるので》


《あいかわらず日本はユニークだな!》


 こっちじゃすべての調理が終わってからみんなで食べるらしい。

 調理しながら食べる、いわゆる”焼肉スタイル”のバーベキューは日本特有のようだ。


 だからこそ短時間で焼けるカット肉が用いられるようになったのかもしれないが……。

 考えてみたらバーベキューの語源は『丸焼きバルバコア』だもんな。


《ワタシたちの肉も並べるが、いいか?》


《あぁ、もちろんだとも》


《よーし。って、な……なんだこの肉はぁー!?》


 あんぐおーぐがすでに網の上に鎮座していた塊肉を見て、愕然としていた。

 プルプルと震えてから、パパさんと向き合う。


《そうか。まさか、キサマが……プレーン派だったとはな!》


《当然だろう? 肉の素材、本来のうまみを楽しむことこそ至上。塩と胡椒以外は可能なかぎり排除すべきだ》


《なっ!? 絶対にソースだろ! 甘口のをたっぷり塗ってから焼いて、それと肉汁のハーモニーを楽しむのが最高に決まってる!》


《なにぃ? お嬢さん、それは肉への冒涜というものだ。フッ、まぁキミのようなおこちゃまにはまだ、ピットマスターは早いということだな》


《ムキー!?》


 わーわー、ぎゃーぎゃー、ふたりで言い合っている。

 どっちでもいいよそんなの……って言ったら、絶対に巻き込まれるから黙ってよう。


 日本じゃ「政治と野球の話はNG」と言われるが、アメリカじゃそれがバーベキューらしい。

 それに本気でケンカしてるわけじゃなく、じゃれ合ってるだけのようだし。


 日本における、きのこたけのこ戦争みたいなもんだろう。

 そう苦笑していると、横から急に腕を引っ張られた。


《ねーねー! イロハちゃんもー! いっしょにあそぼー!》


《え、えーっと》


 パパさんの娘さんが、俺を誘いに来たらしい。

 うーん、子どもって接しかたがよくわからないんだよなぁ。


《はーやーくー!》


《は、はい》


 俺はしぶしぶと、腕を引かれて連れていかれた。

 芝生におもちゃを広げながら娘さんが言ってくる。


《イロハちゃんはわたしのいもうとねー。はい、ごはんだよー。あーん》


《い、いただきます》


《ちがうでしょ! 「バブー」しかしゃべっちゃダメでしょー!》


《妹って赤ちゃんなの!? バ、バブー》


《はーい、もぐもぐ……ごっくん。よくたべられましたー。いいこいいこー》


 な、なんだこの羞恥プレイは!?

 幼女に赤ちゃんムーブを強要され、頭を撫でられていた。


 マイもあー姉ぇも俺を見るな!

 微笑ましい視線をやめろー!?


《あ、あのね、娘ちゃん。わたし、できれば大人の役がいいなーって》


《もう、イロハちゃんはワガママなこですねー。じゃあ、トクベツにパパやっていいよー》


《ホッ……》


《それで、あーねぇちゃんがママねー!》


《うぇっ!?》


 あー姉ぇの顔をちらりと盗み見る。

 普段なら気にしないが、あんな話を聞いたあとだと……。


《あの~、娘ちゃん。それって変更できたり?》


《めっ! ワガママはいっかいだけって、いったでしょ!》


《ご、ごめんなさい》


《あーねぇちゃんも、それでいいもんねー?》


「……なるほど? ”オーケー”だぜっ!」


 あー姉ぇは元気よくサムズアップする。

 いやお前、絶対になにもわかってないだろ!


「あのー、あー姉ぇ? わたしがパパで、あー姉ぇがママって言われてるんだけど」


 仕方ないので、娘ちゃんの英語を翻訳して伝えてやる。

 瞬間、あー姉ぇが「ふぇっ!?」と顔を真っ赤にして固まった。


「い、いいいイロハちゃんと結婚!?」


「いやいや、”役”ね!? おままごとでね!?」


「えっ、あっ、そ、そうだよね!? あ、あははー! もちろんあたしもわかってるよ!?」


 また、気まずい雰囲気になってしまう。

 そんな俺たちの様子を見て、マイがわなないていた。


「あ、あわわわ……こ、このままじゃ本当にぃ~!? 娘ちゃんっ、マイにも役割が欲しいなぁ~!?」


《犬》


 娘ちゃんはマイを指差し、言った。

 悪意のない、キラキラとした目だった。


「ど、ドッグぅ~!? えぇ~っと、そうじゃなくてイロハちゃんの……」


《犬》


 娘ちゃんは繰り返し、告げた。

 今度はちがう意味で、あたりが沈黙に包まれていた。


「……ぅわぁ~~~~ん!」


《きゃっきゃっ! マイねぇちゃん、なくのじょうずー!》


 こ、子どもってときに残酷だよなー!?

 俺はそっとマイから目を逸らした。

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