第69話『暗号解読』


「きゃぁ~~、かわいい~~!」


「……はぁ~」


 俺は我が家にやってきた猫に頬ずりする母親を見て、嘆息した。

 やはり勝てなかったか。


 マイにはきちんと断りを入れたはずなのだが、どこから話を聞きつけたのか母親が現れ、OKを出されてしまった。

 さすがに家主の決定には逆らえない。


 猫はずいぶんと緊張している様子だった。

 まるで借りてきた猫のようにおとなしい。というか借りてきた猫なんだった。


「じぃ~~~~」


 母親にこねくりまわされている猫と目が合う。

 助けてくれってか? 俺に媚びたきゃVTuberになってから出直しな。


「なんでこんなことに……と言いたいところだけど、しょうがないか」


 この猫の飼い主はあー姉ぇのマネージャーだ。

 そしてマネちゃんは現在、とある企画の準備でアメリカへ出張中らしい。


 長期滞在なのでさすがに猫を一匹にはしておけない。

 そこであー姉ぇは「ウチで預かるよ」と快諾したそうだ。猫アレルギーなのに。

 ……アホかな?


 まぁ、それにも理由があって、なんでもアレルギーといっても軽度らしい。

 それでマイにズルズルと鼻を鳴らしていることを指摘されるまで、本人も忘れていたそうだ。


 そこから、さすがに共同生活を続けるのは厳しいだろう、という話になり……。

 代わりに引き受けてくれる人を探していたとのこと。


 ……え? なんであー姉ぇが直接、頼みに来なかったのかって?

 あー姉ぇ自身はまだ「ヤダヤダあたしが面倒見るのぉ~!」とダダこねてるからね。


 そんなわけで、飼い主であるマネちゃんに許可をもらって、我が家に猫がやって来たのだ。

 期間は2週間とのこと。


「にゃ~? にゃにゃにゃ~? にゃ~ん! ん~、かわいいでちゅね~! イロハも昔はこれくらいかわいかったんでちゅけどね~。最近は思春期だからか、つれないでちゅからね~」


「わたしを巻き込まないで?」


 母親がデレッデレになっていた。

 猫は険しい表情をしていた。わかる。俺も似た顔をしているだろう。

 なんで俺は母親の醜態を見ているんだ……。


「あんっ、ちょっとぉ~! 待ってぇ~!」


 猫もいい加減ウンザリしたのか暴れ出し、母親の腕から脱走した。

 そのまま俺の身体の陰に隠れた。


 もしかすると、本能的に「コイツはちょっかいをかけてこないな」とわかったのかもしれない。

 ちょっとだけ目と目で通じ合ったような気がした。


 まぁお互い、ビジネスライクな関係でいこうや。

 俺もVTuberの視聴中に、モニターの前を横切られなければ気にしないから。


   *  *  *


 猫が我が家にやってきてから、数日後。

 俺はいつものように配信をしていた。


「”わたしの言葉よあなたに届け!” 翻訳少女イロハでーす。今日は要望の多かったこのノベルアドベンチャーゲームをプレイしていきたいと思いまーす」


>>イロハロー

>>イロハロー

>>待ってた


「内容はざっくり言うと……ふむふむ。『異世界に転生した主人公がその世界の言語を解読し、1週間後の世界崩壊を回避する話』だって」


>>おもしろそう

>>こういうドット絵ゲーム好き

>>ちなみに、そのあらすじは……ネタバレになるからここまでしか言えない


「既プレイのみんなはネタバレだけは注意してねー。それじゃあゲームスタート」


 ゲームを開始してすぐ「おっ?」と声が出た。

 セリフもキャラクター名もアイテムも全部、読めない。


「森でエルフ? っぽい女の子に助けられたけど、なに言ってんのか全然わからん」


>>そうそう、プレイヤーが自力で解読していかなあかんのよ

>>メニューボタンで辞書開けるぞ

>>その辞書もプレイヤーが手入力して埋める必要あるけどな


「へぇー、おもしろいな」


 とりあえず、心配そうな表情で言われた単語に『だいじょうぶ(?)』とメモしておく。

 あくまで暫定だ。本当は名前を尋ねられているのかもしれないし、あいさつされているのかもしれない。


 今はまだ、推測することしかできない。

 しかし、こうしてわかる単語を増やしていくことで、いずれは会話の内容がわかっていくのだろう。


「なんだろうこれ、カレンダー?」


 案内された部屋を探索する。

 7×5ほどの格子に途中までバツで入れられている。そして、最後の1枠には不吉な絵。


「てことは、これが曜日でこれが数字か! だんだんとわかってきたぞ! これ結構おもしろいな!? んっ? そういえばこの数字、英語で書いたときと文字数が……あっ」


 ぎゃぁああああああ!?

 俺は声に出さずに叫んだ。


>>ん?

>>どうした?

>>ここに重要そうな長文あるけど、まだ読めんなぁ


「あ、あぁ~、ソウダネ~。読メナイネ~」


 俺は頭を抱えていた。

 最重要な情報を、わからない形で最初に出しておくのは定番だ。


 最後にその意味を理解し、エンディングへと繋がる。

 あるいは2周目をプレイした際に「すでにここで答えが示されていたのか!」とまったくちがって見える楽しみがある。


 だから、ゲームはなにも悪くない。

 悪いのは融通の利かない能力・・のほうだ。


 最悪だぁあああ! 読めるようになっちゃったんだがぁあああ!?

 今、めっちゃいいところだったのに!


 超ワクワクしてたのに、いきなりネタバレ食らった!

 勝手に翻訳された怒りで、思わず叫びかけちまったよ!


「さ、先に進めよっか~?」


 とりあえず、そのままゲームを続行する。

 いつもは能力が発動したあとは大変なのだが、今回はほんのりと頭がのぼせた程度だった。


 ゲーム終盤で情報を集めきったプレイヤーが完全解読できるようにだろう、この言語……というか暗号は加減して作られてあった。

 だから翻訳にもほとんど労力がかからなかった。


 ゆえに短時間で、あっさりと、翻訳できてしまった。

 言語ルールにとっかかり・・・・・を見つけた瞬間に。


>>ファっ、今のどうやって解いたんだ!?

>>さっきから全然、辞書にメモ取ってなくない?

>>もしかして読めてる?


 だんだんとコメントに指摘が増えていく。

 すでに知ってしまったことを知らないフリするのは意外と難しかった。

 俺は観念した。


「……はい。じつは、だいたい読めるようになっちゃいました」

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