第70話『にゃんりんがる』

「……はい。だいたい読めるようになっちゃいました」


 というか、この能力って暗号にも有効だったんだな。

 あるいは暗号もルールを理解してしまえば、1種の言語に過ぎないということか。


 たしかにモールス信号や手旗信号だって、考えようによっては暗号といえなくもない。

 いわゆる換字式暗号に近い。


「そんなわけで、このゲームを普通に楽しみたい人は『言語 解読 ゲーム』とかで検索してみてください。URLも動画概要欄に貼っています。多分、わたしの配信では普通のプレイとはかけ離れちゃうと思うので。一応、解読法はネタバレになっちゃうのでまだ伏せておきます」


>>マジで言語力のバケモノで草

>>英語できると簡単に解けるんかな?

>>いやいやいや、英語ができてもこんなに早くは解けないよw(米)


「はぁ~、参った。このままじゃ企画崩壊だ。あと配信時間が最短になる」


>>草

>>気にするのそこかいwww

>>これはこれでおもしろいからいいぞ


>>ん、今なんかガチャって落とした?

>>俺もなんか聞こえたぞ

>>イロハハきちゃ?


「え?」


 母親から、なにか用事だろうか?

 さすがにゲームは音声を聞きながらプレイしたかったので、今日はヘッドホンをしていた。


 聞き洩らしたのだろうか?

 と、ヘッドホンを外して振り返った。


 そこにはだれもいなかった。

 しかし、たしかに部屋の扉が中途半端に開いていた。


「え、なに? ホラーとかやめてくれよ?」


 俺は恐る恐る立ち上がり、廊下を覗き込んだ。

 左右確認。だれもいない。


 不思議に思いつつ、俺は扉を閉めた。

 カチャリという音が、妙に部屋に響いた。


 そして、席に戻ろうと振り返ったそのとき。


 ――にゃあ。


 猫がマイクに向かって話していた。


「あっ、こらバカ!」


 いつの間にか部屋に侵入し、マイクに向かって鳴いていた猫をとっ捕まえようとする。

 しかし猫はするりと腕の間を抜けるように、身を躱した。


「待てっ! このっ、逃げるな!? ちょっ……ぎゃふんっ!?」


 俺の顔を踏み台にしたぁ!?

 そのままタタタとテーブルの上を駆け抜け、手の届かないところまで距離を取られてしまう。


>>おぬこさま!?

>>猫なんて飼ってたっけ?

>>イロハちゃんが猫になった!?


「そんにゃわけねーだろ! いやっ、今のはちがっ!?」


 コメント欄が盛り上がってしまう。

 考えうるかぎり最悪のタイミングで噛んでしまった。


「今のはあー姉ぇのマネちゃんから預かってる猫だよ。ウチに来て数日だけど……あいつめ、いつの間にドアの開けかたなんて覚えやがった」


 最初の緊張した様子はどこへやら。

 今はもうその優れた身体能力で、ずいぶんと好き勝手やってくれている。


 とくに俺には遠慮がない。

 あっれー、おかしいなー? 犬とちがって猫に上下関係は希薄だって聞いたんだけどなー?

 母親はそれを「羨ましい」とのたまっているが、こっちはたまったもんじゃない。


「ぜぇ、はぁ……とりあえず捕まえ、るのはあとにして配信の続きをしようかな!」


>>おい今、諦めただろwww

>>相変わらず身体能力低くて草

>>マネちゃんの猫ってどんなんなん?


「三毛猫だね。ものすごくやんちゃな子だよ……わたしにだけ」


>>ナメられてて草

>>三毛猫ってまさかオスか!?

>>よし、売るか!


「いやいや、さすがにメスだよ」


>>オスはたしか3万分の1とかやっけ

>>アニメじゃむしろオスのが多いくらいやけどなw

>>染色体的に三毛猫はメスしか存在しないぞ


「あー、そんな話を聞いた気がする」


 猫にゾッコンになってしまった母親がいろいろ調べていた。

 しかも食事中にドヤ顔でそれらを披露してくるのだ。おかげで俺もムダな知識を得てしまった。


 一般的に、動物の染色体はメスがXX、オスがXYだ。

 そして体毛はX染色体で決まる。

 ……というか、Y染色体は性別を決める以外で使われないらしい。


 なので、メスは『茶のX染色体が活性化した場所』『黒のX染色体が活性化した場所』『両方とも非活性の場所』で茶黒白の三毛が生まれうる。

 しかし、オスはX染色体がひとつしかないので最大でも二毛にしかならない。


 ゆえにオスの三毛猫は希少なのだと。

 染色体異常やモザイク・・・・が起きないかぎり生まれないから。


>>ちなみに、たとえクローンでも模様は同じにならないぞ

>>エピジェネティクスやっけ?

>>染色体の活性・非活性は”後天的に”決まっていくからな


「はぇ~。まぁ、わたしは猫の模様がどうだろうが知ったこっちゃ、ぎゃぁああああああ!? ままままま待て!? 早まるな! 落ち着け! いい子だから!」


>>!?!?!?

>>鼓膜ないなった

>>なにごと!?


「よく聞け。ゆっくり、ゆっくりだ。そのサイン色紙にかけた足をゆっくりと退けるんだ。あぁあああっ、やっ、やめてぇっ!? 爪を立てないでぇえええ!?」


>>草

>>お腹痛いwww

>>イロハのコレクションがw


 いつの間にか、猫が俺のコレクション棚に突撃し、飾っていたサイン色紙を床にバラまいていた。

 そして色紙に足を乗せ、今にも『爪とぎするぞオラ』というポーズを取っていた。

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