第68話『語学バトル』

「彼女は、本物の怪物だ」


「……は、はは! つまり、あのイロハって女はお前と同等のマルチリンガルってことだろ? いやー、いくらこの学校にマルチリンガルが多いったって、まさかお前に匹敵する人間がいるとは思わなかったぜ!」


「いいや、言っただろう? 怪物だって。ボクなんかは比べものにならないよ」


「け、けどよぅ!」


「いったい彼女が全部で何ヶ国語を話せるのか、ボクにも見当がつかない。彼女のボクを見る目……あれは、まるでゴミを見るかのようだった! 最初から最後まで、ただただうっとうしそうにするだけ。ボクなんて足元どころか眼中にもない、と告げていた」


「なんてこった。お前以上の天才だなんて」


「というより次元がちがう。あるいはベクトルがちがう。勝負にすらならなかった。はっきり言って理解不能・・・・だよ。キミも直接話してみるといい。キミだって語学の天才だ。違和感に気づけると思う」


「違和感?」


「あぁ。どうにも彼女は――ボクたちとはちがう原理で外国語を学習しているらしい」


「そりゃ、どういう意味だ?」


「あくまで推測だが、彼女は”モノリンガル”の可能性がある。いや、モノリンガルですらないかも。どちらにせよ外国語脳を持っていない。……気づいている人間は、ボク以外にもいるだろう」


「いやいや、いやいやいや。ありえないって! もうすこし具体的な根拠を出してくれ!」


「そうだね。たとえば、ボクたちは無意識に言語に法則性を見出している」


「法則性って、たとえば文法とか単語とか?」


「それももちろんあるけれど、どちらかというと初見の言語や単語をあるていど正しい発音で使えたり、かな。たとえば……そうだね、この文字を読んでみて」


「えーっと『そんげれぐらっぱ』」


「この単語、知ってる?」


「いや、知らないけど。なにこれ、どういう意味?」


「さぁ? ボクが今、テキトーに作った単語だし」


「おいっ!」


「だけど、キミの発音は、ボクがイメージしていたのとまったく同じだった」


「えっ、うわっ、言われてみれば。人生ではじめて見た単語のはずなのに、無意識に発音が決まってた」


「これってネイティブな言語には自然と働く能力。マルチリンガルなら、はじめての言語・・に対しても働くようになっていく能力。すくなくともボクはそう思ってた。けれど、彼女にはこれがない」


「じゃあ、どうやってほかの言語を覚えてるんだ? だってそれが新しい言語を覚えるときの”とっかかり”だろ?」


「おそらくイロハはすべての言語をいちから覚えてる。あるいはボクたちのようなトップダウン・・・・・・方式ではない、まったく異なるルールで言語を習得しているのだと思う。だから、いうなれば――次元がちがう」


「なんだそれ」


「フフ……もし、ボクがまだ本格的に外国語の習得を行っていなければ、イロハを”神さま”として崇めて英語の教えを乞うていただろうね」


「今からじゃダメなのか?」


「じゃあ、キミには”覚えかたを忘れる”ことができるのかい?」


「そいつぁー、ムリだなー」


「そうだろう?」


「そっかぁー。世界って広いんだなー。ここが語学では日本一だって聞いて入学して、お前みたいな本物の天才に出会ったと思ったら、さらにその上がいるだなんて」


「まったくだね。鼻っ柱を折られたのはボクのほうだったよ。ところで、そろそろ限界だ」


「ん?」


「……ひっぐ、えっぐ、ママぁああああああ! 負けちゃったよぉおおお! びえぇえええん! 早く迎えに来てぇえええ! おぎゃぁあああ! おっぱい飲ませてぇえええ!」


「えぇー!?」


   *  *  *


 こうして、ひとりの生徒が社会的に死亡し、四天王の座から転落した。

 そして、俺の現状――新四天王への就任に繋がった。


 って、俺ばっちりやらかしてるじゃねぇかぁあああ!?

 ぬわぁにが「なにかしたっけ?」だよ!


 けど、仕方ないだろ!?

 だって、こうしてウワサを調べるまで、ケンカを仕掛けられていたことにすら気づいていなかったんだから。

 知らぬ間に、チートじみた翻訳能力が仕事をしてしまっていたのだから。


 けど、そうか。

 あのとき話しかけてきていたのが、語学の天才クンだったのかー。


 一応言っとくけど、俺はそんなゴミを見る目なんて向けてないからな!?

 たしかに「話が次々と飛ぶなーコイツ」とか「早く帰らせてくんねーかな配信見たいんだけど」とかは思っていたけど! 本当にそれだけだから!


「そんなわけで今、同級生たちがほんっとーに面倒くさいんだよ~!」


「イロハちゃん英語教えるのヘタなのにねぇ~。だって、もしうまく教えられるなら、マイがまず英語ペラペラになってなきゃおかしいもん」


「そうなんだよ! 学校のやつらも早く気づいてくれ〜」


 休み時間のたび、なにしに来てるんだよアイツら!

 俺は撫でれば幸せになる招き猫かなにかか!?


 みんな俺に教えを乞うて、しかし当然のようにさっぱりわからず、そして「当たり前にできることは逆に説明が難しいんだな」となぜか満足気に去っていくんだが!?


 幸い、まだVTuberバレはしていなかったようだが……。

 逆にもはや、なんでバレていないのかが不思議だな。


 あと、ウチの中学が語学では日本一だってのも初耳だった。

 たしかに、やたらとマルチリンガルが多いなーとは思ってたけど!


「あーもー、いろいろと面倒くさいよ~!」


「おぉ~、よしよぉ~し。じつは、そんなストレスフルなイロハちゃんにオススメしたいものがあります」


「ん? なに?」


「イロハちゃん、アニマルセラピーって興味あるぅ~?」


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