第345話『哺乳瓶ってアレ思ってたより全然吸えない』


「い、イヤだイヤだ!? 哺乳瓶だなんテ、そんなの恥ずかしすぎル!」


「おい、おーぐ。わたしの口におしゃぶり突っ込んでおいて、よく言えたね?」


 逃げようと身体を引いたあんぐおーぐの腕をギュッと抱きしめて、捕まえる。

 画面越しなら誤魔化しもきいただろうが、あいにく俺は真横にいるからな。


「おーぐ、逃がさないよ?」


「ぬぐグ!? 抱き着かれてうれしイ……けド、うれしくなイ!?」


「イロハちゃん、おーぐのために哺乳瓶にミルクを入れてきてあげて~?」


「任せて!」


「イロハ、そんなの準備しなくていいかラ!?」


「はい、お待たせ~!」


「早っ!? いつもあんなに走るの遅いクセに、なんでこんなときばっかリ!?」


 俺はせっかくだから、とレンジで人肌にまで温めたホットミルクを用意してやった。

 余計に本物感・・・が出たそれを、あんぐおーぐに押しつける。


「おーぐ、どーぞ!」「おーぐちゃん、おっぱいの時間でちゅよ~?」「おーぐサン、すごくお似合いデス!」


 いつの間にか、配信画面上の”あんぐおーぐ”にも哺乳瓶が持たされていた。

 あー姉ぇはもしかして、この展開を見越していた?


「わかっタ。飲めばいいんだロ、飲めバ。あムっ……チュ~っ、チュ~っ」


 あんぐおーぐが哺乳瓶を吸い……首を傾げた。

 それから眉をひそめながら、必死に口をすぼめる。


「ン……? んンぅ~っ? んんンーっ!」


 どうやら、哺乳瓶は予想外に出が悪いらしい。

 何度もあんぐおーぐが吸って、それでようやく「コクリ」とのどが鳴った。


 その精一杯な感じが、逆におっぱいに必死に吸いつく赤ちゃんっぽくて……ちょっとかわいかった。

 なんだか、飲ませるのを手伝ってあげたいような気分に……。


 って、なにを考えているんだ俺は!?

 なんだこの気持ち……もしや、これが母性?


「おーぐちゃん、ママのおっぱいの味はどうでちたか~?」


「……ぷハっ! オイ、アネゴ。コレびっくりするほど飲みにくいんだガ!? ほっぺたがつりそうだゾ!」


>>アネゴのおっぱいが飲みにくい、だって?

>>あっ、そっか。アネゴはペチャパイだから……

>>これはおーぐは悪くない、アネゴのせいだなw


「おーぐは、おっぱいの吸いかたが赤ちゃん未満! というわけでマイナス1赤ちゃんポイント姉ぇ~!」


「オイ、今の減点あきらかに私情が入ってただロ!? あと、勝手に変なポイントを作るナ!」


「あーもう。おーぐ、ちょっと貸してみて。わたしが飲ませてあげるから」


「オイっ!? なにするつもりだ、イロハ!?」


「おぉ? 今度はイロハちゃんがママ役かな~?」


「ほら、膝の上に来て」


「おワっ!?」


 俺はあんぐおーぐの手から哺乳瓶を掠め取ると、そのまま彼女を抱き寄せた。

 まるで赤ちゃんをあやすみたいに、後頭部に手を添えて足の上に寝かせ……。


「はーい。ちゅーちゅー……おいちいでちゅねー?」


「ひゃ、ヒャう!? チュ~、チュ~……コク、コク」


>>これは天使

>>聖母イロハちゃんとは、新しい概念だぁ

>>幼女が幼女にミルクを飲ませてる……


「ン、んン……プハっ!? イロハ、もうこれ以上ハ……」


 あんぐおーぐが哺乳瓶のニップルを口から吐き出す。

 ポタタ、と彼女のあごにミルクが垂れて、伝い落ちそうになる。


「おっとっと」


 と、俺はあんぐおーぐの服が汚れてしまわないように、彼女の口元を指先でぬぐった。

 そのまま、ミルクで濡れた指先をペロリと舐める。


「ん、甘い」


「~~~~!? な、ななナ!? なにしてんだオマエ!?」


「へっ? どうかしたの? おーぐの口元に垂れたミルクを舐めただけだけど?」


 あんぐおーぐが顔を真っ赤にしていた。

 きっと、普段から「大人のレディ」を自称しているだけあって、赤ちゃん扱いは彼女の弱点だったのだろう。


 けれど、俺は普段から彼女の食事の世話もしているからなぁ。

 わりとその延長線上に近い感覚だった。


「はーい、よく飲めまちたね~。エラいエラい。わたしのかわいい赤ちゃん?」


 言って、あんぐおーぐの頭を撫でてやる。

 彼女は「!?」となぜか驚いた様子で、口をパクパクとさせていた。


「どうだった? わたしのミルクの味は」


「おおお、オマエさっきからどうしタ!?」


 ようやく再起動したあんぐおーぐがそう叫ぶ。

 へ? なにか変なことなんてしただろうか? 普通の母親らしい行動だと思うのだが。


>>イロハちゃんのミルク……!?

>>意味深にしか聞こえないwww

>>赤ちゃんBabeというより恋人Baeとの蜜月に見えてしまったのはオレだけ?


「い、イロハサマ! ワタシもイロハサマの赤ちゃんになりたいデス!」


「え~、でもミルクをあげるのはオンラインだと難しいし……あっ、そうだ」


 俺はこの状態でもできる母親らしいことを思いついた。

 それを実行するため、あー姉ぇにやさしい声音を作ってささやいた。


「モネちゃん、それじゃあママとお勉強しよっか?」


>>まさかの教育ママムーブかw

>>イロハちゃんが母親なら、めっちゃ子どももかしこくなりそう

>>少なくとも外国語話せるようになるだろうし、アネゴにはピッタシだな!


「い、いや~。あたしそういうのはいいかな~? それよりも、もっと楽しい感じのやつのが……」



「――コラぁあああ! モネぇえええッ!」



「ひゃうんっ!?」


 突然の怒鳴り声にさすがのあー姉ぇも驚いたらしく、かわいらしい悲鳴をあげる。

 俺は畳みかけるように彼女へ言った。


「どうしてそんなこと言うの? なんでわかってくれないの!? わたしはこんなにもあなたを思っているのに! これは全部、あなたの将来のためなのよ!?」


「うえぇえええっ!?」


「こ、これはモシヤ――毒親ムーブ!?」

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