第346話『Vヲタ英才教育』


 母親らしい行動。

 そう言われて俺が真っ先に思いついたのがコレ・・だった。


>>毒親ムーブはさすがにワロタ。しかも、めっちゃ真に迫ってるし

>>そういえばイロハちゃんって昔、中学受験について母親と確執があった気が

>>もしかして、その経験でこんなにリアリティが……?


「モネちゃん、わかる? わかってくれるわよね? わたしはあなたに不幸になって欲しくないの。そのためには幼いころからの勉強をしっかりとしなくちゃいけないの!」


「うぅっ……!?」


>>珍しく、アネゴがたじろいでるwww

>>アネゴを怯ませられるVTuberって、もしかしてイロハちゃんが唯一なのでは?

>>思えばデビュー(?)のときから、イロハちゃんはアネゴを振り回してたっけ


「それじゃあ、モネちゃん。まずはお母さんと同じくらいレベルになるまで英語を勉強しましょうねー?」


「い、イロハちゃんと同じくらい!? そ、それはいくらなんでも……いや、そもそもあたしはもう英語なんてペラペラだし、必要ないっていうか」


「口答えしない!!!!」


「ぴぇっ!? い、イロハちゃんが怖い!? 助けておーぐ、イリェーナちゃん!」


「アネゴ……オマエ、普段からイロハの恨みを買ってるからナ。自業自得じゃないカ?」


「アネゴサン……イイナぁ。ワタシもイロハサマに教育されたいデス」


「だれかひとりくらい助けて~!? あと、ちょっとはあたしのことを心配して~!?」


>>人望まったくなくて草

>>日ごろの行いって大切だなぁと思いました。まる

>>イリーシャwww


「うぅ……けど姉ぇ、イロハちゃん」


「『イロハちゃん』じゃなくて『ママ』でしょ?」


「……ママ~、あたしお友だちと遊びたいよ~!」


「は??? 友だち? なんてバカバカしいっ! あなたにはそんなもの必要ありません!」


>>闇が深い、深すぎるよぉ

>>イロハハって、イロハちゃんにこんなスパルタ教育してたのか

>>↑んなわけあるか!www


>>イロハハはむしろ、すごくやさしいと思う

>>オレなら、1日2時間のMyTube視聴なんて絶対に許可しないわw

>>イロハハが本当に厳しかったら、そもそもイロハちゃんVTuberになれてない説


「モネちゃん、あなたには友だちより優先すべきことがある。わかるでしょう?」


「そ、そう言われれも~。あたし、勉強ってあくまで手段だと思うし~」


「そんなのは当たり前でしょう!」


「えっ!?」


 俺はあー姉ぇの言葉をバッサリと切って捨てた。

 勉強そのものは目的ではない、そんなのは当たり前だ。


 ただし、勉強はとんでもなく潰しが効くだけで。

 汎用性が高すぎる以外は、ほかの手段となにも変わらない。


「というか、さっきからみんな失礼だよ。毒親、毒親って……わたし、そんな演技してないのに」


「えぇっ!? じゃあ、なんでさっきから『勉強しろ』だなんて、怖いことばっかり言うの~!?」


「いや、勉強は怖くないでしょ」


 いや、むしろこれは『まんじゅう怖い』的なフリか?

 じつはめっちゃ勉強を教えてほしいっていう……いや、ないな。


「なぜ、わたしがこれだけ勉強させようとしているのか? その答えはひとつでしょ。すべてはあなたのため、あなたが将来……」



「――海外勢の配信を見るとき、困らないようにするためよ!」



「あっ」「……ア~」「イロハサマ?」


>>おいwそういうことかよwww

>>毒親かと思っていたら、VTuberヲタクへの英才教育だったでござる

>>↑いや、ある意味これはこれで”毒”な気もするがw


>>イロハちゃんの子どもは大変だなぁ

>>オレ的には英語も覚えたいしVTuber好きだし、理想の環境かもしれん

>>イロハちゃんにミルク飲ませてもらえて、叱ってもらえるとか天国以外のなにものでもないだろ


「わかった、モネちゃん? しっかり勉強しておかないと後悔してからじゃ遅いの! 推しの言葉を理解しきれず、もだえ苦しんでからじゃ遅いの! わかる!?」


「どうどウ、イロハちょっと落ち着ケ。あト……うン、やっぱりオマエはママ役より赤ちゃん役のが似合ってると思うゾ、ワタシは」


「えぇっ!? でもこれ、わたしの考える理想のママ像なんだけど」


「オマエの理想、歪みすぎだロ!?」


「ちなみに家庭でのルールは『VTuberの視聴は1日2時間以上・・』『スパチャはおこづかいに含まれません』『記念配信は家族全員揃って見ること』で……」


「ワタシ、イロハサマの配信なら毎日2時間、余裕で見らレマス!」


「イリェーナ、オマエは黙ってロ!」


「……あたしもイロハちゃんは赤ちゃんのほうが似合うと思うな~」


「ほラ、イロハ。これをやるから赤ちゃんの気持ちに戻レ」


「まだ赤ちゃんグッズが残ってたの!?」


 渡されたのは1枚のおしめだった。

 そういえば、アドベントカレンダー4日目の引き出しに丸めて1枚だけ入れられていたんだった。


「ワタシがオマエのおしめを替えてやル」


「い、いらない! というか、いい加減に諦めて!?」


 例の事件のあと、入院中にあー姉ぇが寝ている俺のおしめを替えたというのは界隈では有名な話……。

 いや、なんでこんな話が有名になってるんだ!?


 まぁ、それはともかくとして。

 あんぐおーぐは2年経った今でも、いまだにちょくちょくとそのチャンスを狙ってくる。


「よし! じゃあ、せっかくだし最後は――みんなで赤ちゃんになろう!」


「うぇっ!? い、いやわたしはもうちょっとママ役で……」


「隙ありダ!」


「むぐっ!? ……ちゅぱっ、ちゅぱっ。ばぶ~、まんま~! えへへ~!」


 俺は逃げられなかった。おしゃぶりを咥えさせられ、思考力を奪われて……。

 そして、思い知ることとなる。


 ママ役がいないということはすなわち、ストッパー役がいないということだ。

 そこからの配信はまさしく――黒歴史だった。

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