第347話『だいしゅき~だいしゅき』


「……ハッ!?」


 俺は我に返り、あたりを見渡した。

 えーっと、いったいなにをしてたんだっけ? あぁ、そうだ。今は赤ちゃん企画の配信中で……。


「ア~! イロハサマが我に返ってしまいマシタ!」


「まぁ~、あれだけ遊んだ・・・から姉ぇ~」


「イロハ、すっごくよかったゾ! ムフフ!」


 みんな、なにを言ってるんだ?

 って、いつの間にかめっちゃ時間が経過してるー!?


「い、いったいなにが起きた? 記憶がほとんどないんだけど!?」


 おしゃぶりを咥えさせられた影響で頭が働かなくなっていたからか……あるいは、あまりにヒドい内容に防衛本能が記憶にカギをかけたのか。

 うっすら覚えていることといえば……全員に「好き」と言わされたことくらい。



「イロハはワタシのことだいしゅきなんだよナ~?」


「あう~、おーぐだいしゅき~!」


「いいえデシュ! イロハシャマがいちばんしゅきなのはワタシでしゅヨネ~?」


「きゃっきゃっ! イリェーナちゃん”いちばん”しゅき~!」


「みんなちがうよ~? イロハちゃんはあたしのことがしゅきなんだよねぇ~☆」


「あ、いや。あー姉ぇはいいかな……」


「なんで、あたしだけ~!?」


>>アネゴの赤ちゃんムーブ、きっつwww

>>なんでだ? ほかのみんななら「かわいい」ってなるのに

>>イロハちゃん、赤ちゃん化してなおアネゴには塩対応なのほんと笑うわ



 あれ? あー姉ぇに”だけ”は言ってなかったみたいだ。

 どうやら極限状態でも、公の場で彼女に甘えることは本能が拒否していたらしい。


 え? じゃあそれ以外はどうなのかって?

 ……赤ちゃん返りにかこつけてこっそりみんなに告白した、なんてことはない。ないったら、ない。


「というわけで、ここで終了~! それじゃあ、結果発表に移りたいと思いま~す! まぁ、結果はもうみんなわかってると思うけど姉ぇ~?」


「だナ」「デスネ」


「えっ?」


「じゃあ、おーぐのほうから1位の発表をお願いします!」


「任せロ。栄えある第1回赤ちゃん企画にテ、見事ベスト・オブ・ベイビーを獲得したのハ……」



「――イロハ~~~~!」



 ドラムロールののち、配信画面にスポットライトのような演出が入った。

 わざとらしいファンファーレのSEが鳴り響き、”翻訳少女イロハ”の立ち絵が強調された。


「えぇえええ!? なんで、わたし!? まだ投票もしてないのに!」


「イエ、必要ありまセンネ!」


「あんなのを見せられたら……言われたら、イロハちゃん以外は選べないよ姉ぇ~。悔しいけれど、今回の優勝は譲ってあげることにするよ~」


「いらなすぎる!? なんで、こんなときにかぎってあー姉ぇ遠慮してるのー!?」


>>いや~、アレは本当に破壊力高かった

>>イロハちゃんは本物のベイビーだよボクたちが保証しよう

>>本当にアレはアレでアレだった……


「え、本当にわたしいったいなにを口走ったの? 黒歴史が増えるのはもうイヤだー!?」


 俺は頭を抱えてた。

 うぅっ、今すぐに推しの配信を見たい。早急に癒しが必要だ。


「うぅー、もう終わりっ! 企画しゅーりょー! みんなも、もう十分に堪能したでしょ!? だから――ママ・・も早く、この配信を閉じて!」


「ン?」「エっ?」「おおっと!」


「……えっ? ぎゃーっ!? 今のはちがくって!?」


 ナチュラルに言い間違えて「ママ」と言ってしまった。

 な、なんて最悪なタイミングで最悪のミスをするんだ俺はー!?


「ほホぉ~? ナニがちがうんダ?」


「さすがイロハサマ、なんて自然な赤ちゃんセリフ。やはり優勝者はイロハサマで正解デシタ」


「いったい今、だれのことを呼ぶつもりで『ママ』って言っちゃったのかなぁ~? ほれほれ、お姉ちゃん・・・・・に教えてみそ?」


「だ、だれのことでもないから! あーもう、うるさいうるさい! さっきまでの演技をちょっと引きずっちゃっただけで、断じてそういうのじゃないから!?」


「いや~、最後にいいもの聞けた姉ぇ~!」


「おウ、そうだナー。それじゃあミンナ、”おつかれ~た~”!」


「”おつかれーたー”デス!」


「”おつかれ~た~”☆」


「待って、このタイミングで締めないで!? まだ視聴者の誤解が――」


 しかし、俺の言葉は問答無用でぶった切られた。

 そんなこんなで赤ちゃん企画の配信は終了したのであった……。


   *  *  *


《うぅっ、本当にちがうのに~》


《おい、イロハ。いつまでもうなだれてるんだ》


 机に突っ伏していると、すでに自分の片づけを済ませたあんぐおーぐが横から声をかけてくる。

 いや、もう済んだことだと頭じゃわかってるんだけどね。


《……はぁ~》


 しかし、たしかにあんぐおーぐの言うとおりだ。

 ずっとこうしてても意味ないし、配信でも見て気分を変えよう。推しが笑えば大抵の悩みは解決するのだ。


《じぃ~~~~》


 と、そんな俺の様子をあんぐおーぐがなぜか、やたらと熱心に

 抱き着いてきたりは日常茶飯事なのだが、じっと見つめられるだけってのは珍しい。


《えーっと、どうかしたの?》


 なんだか、慣れてなくて逆に落ち着かない。

 俺はしびれを切らして尋ねた。


《なにか用があるならはっきり言ってもらえると、助かるな―って》


《あ、いや!? そ、そうだな……》


《……?》


 なんだかやけに歯切れが悪い。

 しかし、すこしして決心がついたようで、口を開く。


《イロハ、オマエ……まだママ役が「やり足りない」って言ってたよな?》


《え? いや、それはあくまでさっきの話で》


《なぁ、イロハ。オマエちょっと――思いっきり甘々に、ワタシを甘やかしてみてくれないか?》


《……ほぇっ!?》


 なんだ、そのお願いは。

 あんぐおーぐも自分で言っていて恥ずかしかったのか、頬を赤く染めてモジモジしていた。


《まぁ……べつに、いいけど》


 そして、俺もまた同じくらい顔が赤かったと思う。

 お互いにチラチラと様子をうかがう。誘ったのはあんぐおーぐのほうからだった。


《じゃ、じゃあ……ベッドに行くか?》


《……う、うん》


 俺はコクリとうなずいて、差し出された手をぎゅっと握った――。

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