第344話『赤ちゃん返り』

「本当に使うの? この……”おしゃぶり”」


「そのためにこの企画でしょ~? ほら、イロハちゃん早く早く!」


>>なんでイロハちゃん、おしゃぶりなんて持ってるんだwww

>>さすがに草

>>イロハちゃんは赤ちゃんだからね。おしゃぶりくらい持ってても当然だよね


「ちがうからね!? じつは……」


 と、俺は視聴者にアドベントカレンダーのあらましを説明する。

 あくまでこれはムリヤリ押しつけられただけで、俺の趣味なんかじゃない!


>>そういうことかwww

>>これはおーぐ天才すぎるw

>>これは間違いなく”赤ちゃんイロハ”のイラスト増えるな


「それにほら、こういうのはカタチから入らないと姉ぇ~! 気持ちも入っていかないっていうか!」


 あー姉ぇってそういうコスプレほんと好きだよね!?

 シューティングレンジしかり、ハロウィンしかり。


「ほらイロハ、早くつけろヨ~」


「……うぅっ、恥ずかしいからあんまりこっち見ないで」


 あんぐおーぐがグイっと身体を近づけ、ピトッと肩をひっつけてくる。

 彼女はニヤニヤとイタズラっぽい笑みを浮かべてこちらに視線を向けていた。


 俺は彼女へと恨みがましい目で視線を返す。

 こんの、他人事だと思いやがって……!


「ほラ、イロハ。自分でできないんだったらワタシが咥えさせてやろうカ?」


「じ、自分でやるからいい!」


 あぁ、もう。顔から火が出そうだ。

 恥ずかしすぎて、まなじりにちょっと涙を浮かべながら俺はおしゃぶりを手に取った。


 今さら逃げられない。俺は意を決してそれをはむっと口に咥えた。

 瞬間、ビビーン! と全身に電流が走ったような感覚に襲われる。


「……ちゅぱっ、ちゅぱっ」


>>ぎゃおぉおおおん! かわいすぎる!!!!

>>な、なんだこの破壊力は!?

>>普段のイロハちゃんってわりとしっかり者だからこそ、ギャップが……!


「イロハ、こっちも忘れずにつけておかないト」


 あんぐおーぐが俺の首によだれけかけを装着してくる。

 それに合わせて、あー姉ぇが用意してくれていたのだろう、おしゃぶりとよだれかけのイラストが配信上の”翻訳少女イロハ”にトッピングされた。


「イロハサマ、どんな感じデスカ?」


「ちゅぱっ、ちゅぱっ……ほぇ~? なぁに~、ママぁ~?」


「「「!?!?!?」」」


>>イロハちゃん!?

>>なんだその、ほわほわボイスは!?

>>イロハちゃんが本当に赤ちゃん化してる!?


「ハウアっ!? いいい、イロハサマがかわいスギル!? それにワタシのことを『ママ』ッテ!?」


「い、イロハちゃんが本当に赤ちゃんになっちゃった~!?」


「ど、どうしたんだオマエ!?」


 ぽけ~っとしていた俺の口からおしゃぶりがポロリとこぼれ落ちた。

 それと同時に「ハッ!?」と我に返る。


「わ、わたし今……いったいなにを!?」


 おしゃぶりを咥えると、不思議な安心感に包まれて思考力が奪われてしまった。

 なぞのフィット感で、心が赤ちゃんに返ってしまっていた。


「イロハ、あーン」


「ちょ、やめっ……むぐっ!? ちゅぱっ、ちゅぱっ……えへへぇ~、おーぐだいすき~」


「~~~~!」


「……ハっ! また!?」


 あんぐおーぐにおしゃぶりを口に突っ込まれて、また赤ちゃん化させられてしまった。

 普段なら絶対に直接言ったりしないことまで口走って……ど、どうしたんだ俺!?


>>イロハちゃんよっぽどストレス溜まってたんかな?

>>身体と心が赤んぼうになることを求めてたんだろうなぁw

>>おしゃぶりは赤んぼうへの変身アイテムだった?


「無意識が顕在化したのカ? イロハ、本当はそういう風に思っテ……?」


「ちちち、ちがうの!? これは……うあぁあああ~!?」


 俺は頭を抱え、発狂した。

 なんで、こんなことにー!?


>>イロハちゃんが壊れたwww

>>取り乱しててワロタ

>>オレ、今まで年上派だったのに、イロハちゃんのせいで幼児化の良さがわかってしまった


「変なフェチに目覚めるな!? ……そ、そうだ! なんでわたしだけこんなことさせられてるの!? おーぐだってわたしと同じ、赤ちゃん役なのに!」


 逃げるように、矛先をあんぐおーぐへと向けた。

 それに俺だけじゃなく、だれだっておしゃぶりを咥えたら”ああなる”のかも知れないし!


「ハハハ、なに言ってるんだイロハ。あいにくワタシはやらな――」


「へ?」


 あー姉ぇが不思議そうな声をこぼした。

 そして、あんぐおーぐの言葉を引き継ぐように言った。


「なに言ってるのイロハちゃん、おーぐも咥えるに決まってるでしょ~?」


「ハぁあああ~!? ワタシは咥えないガ!? それにワタシの分のおしゃぶりなんてないゾ!?」


「な、なにやってるのおーぐ!?」「なに考えているのデスカ、おーぐサン!?」


 あんぐおーぐが反論した瞬間、あー姉ぇとイリェーナが同時に叫んだ。

 ふたりから同時に言われて、さすがにあんぐおーぐも「ウェっ!?」とたじろぐ。


「どうしてマイおしゃぶりを持ってないの!? 今回、赤ちゃん企画やるって言ったのに!」


「”マイおしゃぶり”!? オマエらそんなの持ってるのカ!?」


「当然だよ~!」「当然デスヨ!」


「当然なノ!?」


 あんぐおーぐがふたりの言葉に困惑していた。

 ちなみに、イリェーナはぼそっと「ワタシの場合、ASMRで使うこともあるからですが」と付け加えていた。


「まったく! 言い出しっぺのクセにこの企画に対する意識が低すぎるよ! ちゃんと反省して!」


「ご、ごめんなさイ」


 なぜかあんぐおーぐが説教を受けていた。

 理屈はまったくもってナゾだが……ふふんっ! いい気味だ!


「仕方ないから、代わりに――イロハちゃんの哺乳瓶で許してあげる!」

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