第156話『推しが日本に住む理由』

 あんぐおーぐが引っ越してきてから1週間が経った。


《……で、おーぐはこの1週間いったいなにをやってたの?》


《いや~、その~》


《はぁ〜、やっぱり》


 俺の予想は見事に的中していた。

 一緒に日本に居られる期間は1ヶ月だ。


 だから今日は、彼女の希望で早くも2度目のオフコラボが予定されていたのだが……家を訪れた俺は、頭を抱えることになってしまった。

 時間が来てしまったのでやむを得ずそのまま配信開始したが……。


《片づけは全然終わってないし、コンビニのゴミは散乱してるし、なんか前より家が汚くない? というか、荷物増えてない? 気のせい?》


《き、気のせいだと思うぞ!?》


>>やっぱりこうなったかwww(米)

>>イロハからしっかり注意してやってくれ(米)

>>これは嫁……というかママ?(米)


 正直、俺も健康面はわりと母親に任せっぱなしだ。

 だから、あまり他人のことをとやかく言いたくはないのだけれど。


《こんな生活して体調崩したらどうするの?》


《イロハ、オマエ。ワタシを心配してくれるのか?》


《その身体は、あんぐおーぐひとりのものじゃないんだから》


>>オメデタ!?!?!?

>>えっ!? ついにイロハとの子どもが!?(米)

>>だから、あれほど避妊はしろと(米)


《んなわけあるかぁーーーー!? みんなの・・・・推しだから! ファンが・・・・心配するって言ったんだよ!?》


 だいたいなんで、まっさきに俺たちふたりが疑われるんだ!

 今の俺も生物学上は一応、女なんだが!?


《まったく、イロハは素直じゃないな~。けど、心配しなくても大丈夫。ぶっちゃけ、アメリカでひとり暮らししてたときよりも断然、健康的な食事してるし》


《健康的って、コンビニ飯のどこがだよ》


《え? 日本のコンビニフードってどれもヘルシーだし、野菜もいっぱいじゃないか》


 そうだった、こいつアメリカから来たんだった。

 向こうの食事と比べれば、日本食はどれも”健康”になってしまうのか。


《しかも、安くておいしい! 日本のコンビニをまるごと、アメリカに持って帰りたいくらいだ! ……全部でいくらだろう?》


《本気で計画しようとすな!?》


 それに安いかどうかは諸説ある。

 まぁ、アメリカの物価と比較したらそりゃ安いだろうが。


《街のどこにでもあるのもいいよな。”ドア・トゥー・ドア”で計ったら、たったの3分で着いたぞ!? すごすぎないか!?》


便利コンビニエントすぎるの困りものだな。「日本に来たら、いろんな国のいろんなご当地グルメを食べて回る」って言ってなかったっけ? 食事の機会を、そんな無為に消費してもいいの?》


《け、けど種類もたくさんあるし、なにより日本って季節モノが多いから。まだアレも食べてないし、コレも試してないしってやってたら、もうちょっとコンビニでもいいかな~って》


>>徒歩で行ける距離にそんなんあったら、毎日通うわ(米)

>>こっちじゃ基本、一番近い店が車で30分とかだぜ?(米)

>>日本はすべてがコンパクトだからね(米)


《それは本当にそう思う。けど、コンパクトなのは良いことばかりでもなくって。事前に下見してたはずなんだけど、それでもちょっと家は小さく感じたかな》


 ホワイトハウスよりデカい家が、そうそうあってたまるか!

 と言いたいが、そういう意味ではないのだろう。


《つまり片づけができてないのは、家が狭いからだと?》


《え!? そ、そんな理由もあるかもしれないな~?》


《じぃ~》


《いや、ほかにも理由はあるぞ!?》


 俺が視線を向けていると、言い訳が弱いと感じたのかあんぐおーぐが弁明をはじめる。

 とはいえ実際、いろいろと忙しかったようだ。


《引っ越しに関する手続きがあったり。日本の事務所とのやりとりがいろいろあったり。日本に来たことだし、ほかのVTuberともオフコラボしたり》


《……なるほど》


《あと、旅行だけじゃわからなかった日本の良い部分と、あとは悪い部分にぶつかったり》


《なにかあったの?》


 あんぐおーぐが「そうだな」とあごに手を当てた。

 それから実体験を語ってくれる。


《日本って、すごく科学的に”進んでる”国だと思った。回線速度が早いし安定してる。コンビニやデリバリーが充実してる。正直、VTuberが配信するなら環境としては最高かもしれない》


 VTuberにオススメ。そう褒められると悪い気がしない。

 だが、あんぐおーぐは「けれど」と続けた。


《同時に、科学的にすごく”遅れてる”国だとも思った。だって、なんでもかんでも……紙、紙、紙! サマばっかり! どうしてペーパーレスにしないんだ!?》


《あ~》


《ワタシ、日本語を話したり聞いたりはそれなりにできる。けど読み書きはまだ苦手だから、何度も書き損じたり。引っ越しや保険の手続きをするときも、毎回わざわざ市役所まで行かないとダメだったり》


 あんぐおーぐは「ムッキィ~!」と叫んだ。

 よっぽどストレスが溜まっていたらしい。


 そのあたりは正直、俺も同じことを思ってる。

 なんなら、若い世代ならほぼ全員がそうじゃなかろうか?


《日本は”科学信仰”なんて揶揄されるくらいサマより科学技術を崇めているクセに、なんでだよ! 変なところがアナログの石器時代で止まってて、チグハグすぎないか!?》


《た、たしかに》


 あんぐおーぐが指摘したのは、日本で生活していると”当たり前”になってしまっている部分。

 あるいは、つい”仕方ない”と受け入れてしまっている風習だった――。


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