第400話『~幼女VTuberは世界を救う~』
《……わかりました。そちらについては聞きません。ではせめて、ほかの……一緒に、墜落した飛行機に乗っていた人たちがどうなったかを教えてもらえませんか?》
襲撃者の行く末については教えてくれそうにないスーツの男性に、俺はそう尋ねた。
彼もやさしげな笑みを浮かべて「もちろん」と言ってくれる。
うーん、この人は本当に面の皮が厚いな。
あの話のあとにこの完璧な笑顔――ちっともうさんくさく見えないところが逆に恐い。
《パイロットとコパイロットも墜落後、ほかの集落で現地民に救助され、世話になっていたそうだ。だから、結果論ではあるが……あの機に乗っていた者はだれも死ななかったわけだ》
《……! そうですか!》
無事だったんだ、よかった……!
俺が巻き込んでしまったようなものだから。無事でいてくれて本当によかった。
けれど……「死ななかった」か。
そこには枕詞に「あの事故では」が付くのだろうな、と思った。
《それでは、わたしのシークレットサービスをしてくれていた女性のほうは、あのあと……?》
《彼女も今、この病院にいるよ。あとで会いに行ってあげるといい》
《はいっ!》
《ただ――足が、ダメになってしまったようでね。シークレットサービスは引退するそうだよ》
《……っ》
やはり、俺の手当てが不十分だったから。
あるいはもっと早く、助けを呼べていれば……。
《だから……ミス・イロハ。お願いだ。どうか、もう二度とこんなことが起こらないように――これ以上、こんな悲劇を起こそうと思わないように、キミに世界を救ってほしいんだ》
《……いえ、まだです。どうしてそれが国際VTuberライブに出ることへ繋がるかを聞いていません》
《そうだったね、失礼。たしかにキミはこうして無事に帰って来た。だが……まだ多くの国民感情が――怒りがおさまっていない。このままではいずれは戦争が起こってしまうだろう》
《なっ!?》
《だから、みんなをまた……
《でも、なぜライブなんですか? ただの配信などではダメなのですか?》
《それでは
《あっ》
結局、医者の説明では昏睡はケガのせいではなく、疲労が原因だったらしい。
助けがきて緊張の糸が切れたことで、それが一気に来たのだと。
病は気から、なんて言葉があるが……今回はその逆。
ずっと、気合だけで限界を超えて動き続けている状態だったのだろう。
で、そのしわ寄せがきた、と。
まぁ、そりゃそうだよな……弱っちい俺の身体のクセに働きすぎだったもん。
《それで、帰還時にキミが意識不明の
《そんな……》
《だから今、世界を救うには――盛大な”インパクト”が求められている》
《それが今後のより強固な平和に繋がるんだ。今後、どれだけ平和が続くかが……このライブの出来にかかっているんだ》
そう、スーツの男性は言った。
事情は理解した。だが……。
《でも、そんな……今からだなんて間に合わないですよ。収録なんてもうとっくに終わっていると思います》
ああいう大型のライブは事故防止のため、一部を除いて前撮りが基本だ。
とくに今回のような大勢が同時に出演するようなものは。
《たしかに、ライブ当日まではもう2週間しかない。困難なミッションだと思う。だが、我々も国を挙げて今回のライブをバックアップするし、なにより……キミには心強い仲間たちがいるだろう?》
《え?》
《キミはとてもよい友人を持ったな。我々がVTuber国際ライブの主催者たちに、今回の要請を通達しに……いや、
《わ、わかりません。「そんなの急に言われても困る」とか「ライブを破綻させるおつもりですか!?」とか「VTuberライブに政治を持ち込むなクソ野郎」とか……?》
《……さ、最後のは聞かなかったことにするよ》
あっ、思わず本音がちょっと漏れてしまった。
スーツの男性は「んんっ」と咳払いして、話を続けた。
《彼らはね、我々にこう返したんだよ》
《――イロハさんが戻ってきたときに受け入れるための準備は最初からできています》
《ってね》
《……っ!》
《あくまでボクがその場で聞いた話だが、当時はスタッフ一同が「イロハさんが戻ってくるまで待つべきだ」「この要求が通らないならボイコットする」とまで言いだしていたとか》
《っ……! な、なんでそんなバカなことを……わたし、なんかのために》
《みんなキミが大好きだから。いや、この言葉は正確ではないな。みんな……》
《――キミの”ファン”だから》
《それ以外の理由なんてないだろう?》
あぁ、また涙がこぼれそうになる。
俺はいつからこんなにも泣き虫になったんだろう?
《でも、それを説得したのがキミの友人たちだと聞いたよ。「イロハは自分のせいでVTuberのライブが中止になるほうが一番悲しむ」って。「だからワタシたちが代役を務める」って》
《まさか……》
《でも、あくまで『代役』で「本人が戻ってきたらすぐに交代する」とも言っていたって。ボクはあまり詳しくないんだが、その代役というのは簡単に務まるものなのかな》
《……っ、……っ》
俺はブンブンと首を横へと振った。
そんなわけがない。
みんなはずっと俺がいなくなったあと……きっと、たくさん心配していただろうに、そんな中でも俺が帰ってくることを信じて――俺の”大切なもの”をずっと守り続けてくれていたのだ。
もう堪えきれなかった。
《うぁぁっ……うぅっ、……みんなっ、うわぁあああんっ!》
そう大声を上げて泣いていると、ふと――それが二重奏、いや合唱になっていることに気づく。
部屋の外からも同じように泣き声が聞こえていた。
『うわぁあああン! イロハっ、イロハっ、イロハぁああア~っ!』
『こら、おーぐ。泣かないって決めたでしょ』
『わかってル……イロハに心配かけちゃダメってわかってル……けド、ゴメン……うわぁあああン!』
『い、イロハサマはこれから一番大変な時期なんデス! だカラ、ワタシタチがしっかりしなイト……いけないノニ……うぅウウウっ!』
『びぇえええぇ~ん! イロハちゃんぅ~、イロハちゃんぅううう~っ!』
『……あたしは泣かない。だって、イロハちゃんのお姉ちゃんだから』
『そんなこと言って、お姉ちゃんだってずっと静かに涙を流してるクセにぃ~! びえぇえええぇ~ん!』
スーツの男性が来たとき、あっさり引いたように見えたのはこれが理由だったのか。
俺に心配をかけまいと――これ以上の涙は見せまいとして。
あぁ……、あぁっ……。
彼女たちへのいろんな思いが溢れて止まらなくなりそうだった。
だからこそ、今はまだダメだ。
俺は本当にいい
この”想い”を告げるのは――すべてが終わったあと。
そう、今はまだ友人だ。
俺は決心とともにスーツの男性へと答えた。
《――わたしが世界を救います》
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