第401話『わたしの帰る場所』
それからの俺は大忙しだった。
なにせ収録までたったの2週間しかない。
即座に軍用ヘリで、さらには軍人の護衛つきで収録場所まで移動させられた。
プライベートジェットではなかったのは俺への配慮か。
あるいは、たんに近くに飛行機の発着場がなかったから――病院の屋上にはヘリポートしかなかったから、かもしれないが。
それはさておき。
《はい、イロハさん! 1・2・3・4・そこでターン!》
到着するとすぐに打ち合わせやレッスン、収録がはじまった。
しかし、ずっとピッタリ護衛に張り付かれて見られていると、ちょっと気になってしまう。
と、そんな考えが顔に出ていたらしい。
護衛をしてくれている軍人さんにたしなめられてしまう。
《ミス・イロハ。もし今、あなたになにかあれば我々のクビが飛びます。あなたは今、世界でナンバー1のVIPであることを自覚していただかないと》
《わ、わたしが1番……ですか?》
《そうです。マムからは「私よりも丁重に扱うように」と命じられていますから》
《大統領よりも!?》
《実際、現在……世界中のマスコミやエージェントがあなたを狙っています。目的は様々ですが》
《そ、そうなんですか》
《
《……》
言われて俺は視線を
そこからはわいわいと楽しそうな話し声が聞こえてきていた。
「ギャーっ、ミスしタ―!? せっかくのワタシのイロハ艦隊ガァーっ!?」
「音ゲーが上手なおーぐさんにしては珍しいですねぇ~! これはチャンスぅ~……って、ぎゃぁ~!? お姉ちゃんのバカぁ~!? マイに手がぶつかってるよぉ~!?」
「このぉ―う! ぐぬーっ! むぎー!? ほっ、てやっ、とぉっ!」
「オネエサンがやってるのもワタシたちと同じゲームですヨネ……? ナゼ、そんなに身体を動かす必要ガ」
「……へぇー、ちょっとおもしろそう。お母さんもやってみようかしら」
彼女らは4人仲良く、いろんなVTuberが登場するソーシャルゲーム『理想の箱を作ろう!』――通称”はこつく”という音ゲーで対戦をしていた。
母親もそんな彼女らを見て、スマートフォンを操作してダウンロードしはじめている。
《ミス・イロハ!? いったいどうしたんですか!? 血涙なんて流して!?》
《う、羨まじい……うぅっ、うぅうううっ! わだじば帰還じでがらごっぢ、忙じぐでアーガイヴも消費でぎでなげれば『ばごづぐ』なんで一度も起動ずらでぎでないのにっ……!》
《オーマイガー……VTuber狂いとは聞いていたが、こいつぁウワサ以上のようだぜ》
俺はガチ泣きしていた。
これは悲しさの涙じゃない、嫉妬と怒りの涙だった。
なんなら俺は今、帰還して彼女たちと再会した瞬間よりも泣いていた。
今なら視線だけで人を殺せそうだ。
あぁ、憎い憎い憎い……あんぐおーぐたちが憎い……。
前世の俺を殺したあの男のことなんて、もうどうでもよくなるくらい彼女らが恨めしいぃいいい!
もしも今、俺の手にスマートフォンがあれば絶対にプレイしている。
だが、ないのだ! 俺のスマートフォンは壊れたままなのだ!
「なんカ、イロハの目が恐いんだガ」
「イロハサマからの熱い視線……ハァ、ハァ。なんだかワタシ、すこし身体が火照ってきマシタ」
「このーっ! くりゃーっ! ほほいの、ほいっ!」
「……お姉ちゃん、もうゲーム終わってるよぉ~? ちなみに言っておくと、当然お姉ちゃんが最下位だったからねぇ~?」
「へぇー! 今は『VTuber国際ライブ』に向けて……フェス? っていうのやっているのね。うちの子やあなたたちが期間限定ピックアップ中――ガチャで出やすくなっている、と」
あぁ、ダメだ……そんな話を聞いていると禁断症状が。
ガクガク、ブルブル、ブクブク……。
《おい、ミス・イロハ! しっかりしろ!? 医療班、急げ! 彼女が泡を吹いて倒れた! くそっ、原因はなんだ!? 特効薬はないのかー!?》
とまぁ、そんな事件がありつつも俺は収録を進めていった。
本当に地獄のようなハードスケジュールで……それでもなんとかついていけたのは、きっと密林での生活で多少なりとも体力がついていたから、だろう。
ちなみに、あんぐおーぐたちが俺と一緒に行動しているのは必ずしも護衛の都合だけではない。
俺が収録しなければいけない曲には、彼女らとのデュエットソングも含まれているからだ。
すでにレッスンが完了している彼女たちからもアドバイスをもらいながら、俺は踊ったり歌ったり。
……本当はわかってる、大変なのは俺だけでないって。
「おーぐ……」
あんぐおーぐたちだって収録もあるし、普段の配信もある。
とくに今は俺のことがあって、彼女ら自身が話題に上げていないときですら次々に質問が来てしまい……コメント欄が荒れてしまってヒドイ状態だ。
しかしVTuber国際ライブに向けた宣伝もあるので配信を続けないわけにもいかない。
それに……。
――”みんな”を説得する必要もある。
俺は知らなかった。
彼女たちがそんなことをしてくれていたなんて。
「マイ……」
戦争を食い止めるために……俺が戻ってくるまでもたせるために、尽力していてくれていた。
「あー姉ぇ……」
さらには普段とはちがう環境、命の危機もあるかもしれないという状況。
心労は並大抵のものではないはずだ。
「イリェーナちゃん……」
それでも、ああやってすこしでも時間を見つけたらふざけて、笑い合って……。
みんなわかっているのだ。
――そんな”日常”が1番、俺の心の支えになることを。
あぁ、そうだ。
だから俺は成し遂げなければならない。
全部終わらせて、救って、そしてあの場所に帰るんだ!
みんなと一緒に笑い合える――”日常”へ!
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