第399話『わたしのために争わないで』
《VTuberライブに出て世界を救ってほしい?》
スーツの男性に、あまりにも突拍子のないお願いをされて俺は困惑した。
だって、なんというか……。
《あの、全然話がわからないんですが。どうしてライブに出ることが世界を救うことに繋がるんですか?》
《そのあたりは順番に説明させてほしい。まずは――キミが命を狙われた理由から》
《……!》
《
《つまりは……今度こそ、意図的に『第3次世界大戦』を起こそうとしたってことですか!?》
《そうなるね》
《な、なんてことを。でも、それがなぜわたしを狙うことに?》
《それは……ミス・イロハ。キミが――》
《――”平和の象徴”、だからだ》
《……はい?》
《いや、正確にはそうなる予定だった、という話だが》
《はいぃいいいっ!?》
《キミは我らが
《取り引き……えっ? あぁーっ!?》
俺は世界を救った褒美に、とアメリカ合衆国大統領――あんぐおーぐの母親にひとつ頼みごとをした。
その内容とは……。
《将来、世界のVTuber同士が……あるいは、」
「――
そのための協力として、俺は彼女からの要請をアレコレ引き受けていたのだ。
辞退したかったノーベル平和賞も受け取ったし、結果として俺が遭難するきっかけになってしまったが……親善大使としての各国訪問だってそうだ。
《ウクライナとロシアの戦争はまだ終わっていない。現在はあくまで”休戦”状態だ。しかし、あれから月日が経ち国民感情も落ち着いてきていたため、本格的に”終戦”の宣言をする――はずだった》
《……はず?》
《あぁ、それは叶えられなかった。なぜなら――終戦宣言の立会人をしてもらうはずだったキミが失われてしまったから》
《わ、わたしが終戦の立会人!?》
《これ以上、ふさわしい者はいないだろう。あの戦争を止めた立役者なのだから》
《わ、わたしなんかよりもっとふさわしい人いっぱいいそうですけど。……でも、そっか》
だから、平和の象徴か。
だから、俺が狙われたのか。
《まぁ、だが……キミを襲って、そのあと泡を食ったのはこんな事件を企てた本人だろうがね》
《え?》
それはどういう意味だろうか?
しかしスーツの男性は焦らすみたいに、最初に言ったとおり「順番に」話を進めた。
《
《……っ》
またなのか……?
また、戦争。いったいいつになったらこの連鎖は終わる?
《証拠こそなかったが……まぁ、核が落ちたときと同じだな。犯人は公然の秘密だった。キミを大いに慕い……立会人に推薦していたウクライナ国をはじめ、多くの国が憤怒して戦争に乗り出そうとしたよ》
慕い、か……そのあたりはリップサービスだろうな。
本当に俺のために怒っているわけではないだろう。
たかが、人間ひとりのための国を挙げて戦争だなんて、そんなことは実際にはありえない。
問題だったのはおそらく、煽られた国のプライドのほう。
俺のことは建て前だろう。
ただ、戦争をするにはこう言う必要があるから――「義は我らにアリ」と。
《キミが訪問予定だった国々も、某国を許せなかっただろうね。自分たちの国を暗殺に利用されたんだから》
《たしかに、怒らないわけないですね》
プライド、プライド、プライド……。
俺という存在は――『翻訳少女イロハ』という存在は本人不在のうちに戦争の理由づけや道具としていいように使われていたようだ。
それがなんだかVTuberを汚されたような、そんな気分になった。
俺のために怒ってくれるのはすなおにうれしい。
けれど、それを理由に戦争をして俺がよろこぶと本気で思っているのだろうか?
心の底から願う。
――お願いだから、俺のために争わないでくれ……と。
《ただね……今回の一件、怒ったのは他国だけじゃなかったんだ》
《どういうことですか?》
《キミの暗殺は――某国
《~~~~っ!》
《結果、某国でクーデターが起こった。それで……》
《――泡を食った、と》
《そういうこと。他国との戦いよりも内部の鎮静を優先せざるをえなくなった》
《ようやくわかってきました》
「状況が変わった」とフライトアテンダントさんは言っていた。
それはこういう意味だったのか。
《交渉に使おうと考えたんだろうね。キミが生きていると知ったかの御仁は、キミの捕獲を命じたのさ》
《ちなみに、その……わたしを襲った人たちはあのあと……》
フライトアテンダントさんや、その協力者であった現地の青年。
それに襲撃者たち……前世の俺を殺した人たちがどうなったか気になり尋ねる。
《すべて終わったよ》
淡々としているのに、その声は「それ以上の問いは許さない」と静かに言っていた。
なんだか俺はちょっとこの人が恐く感じた。
いや、魔物のはびこる政界で上りつめている人間というのは、そういうものなのだろう。
みんな隠すのがうまいだけで――きっと、あんぐおーぐの母親も。
ただ、わかった。
本当にすべてが――終わったのだ、と。前世から続いていた因縁についに終止符が打たれたのだ、と。
もしかすると、俺の人生において最大の脅威は世界ではなく、たったひとりの人間だったのかもしれない。
そんなことを思った――。
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