第398話『再会』


 窓から差し込む光。

 それからツンと鼻を突く消毒薬の匂い。


 いつだったかも、こんなことがあったな。

 そんなことを思いながらゆっくりとまぶたを持ち上げる。


「……あ、あぁ……あぁあ……」


 そこは病室だった。

 どうやら俺は生き残ったらしい。


 そしてなにより……帰って来たのだ。

 その実感に涙が溢れそうになった、そのとき。



《イロハ!》


「イロハちゃんぅ~!」


「イロハちゃんっ!」


<イロハサマっ!>



「……みん、な」


 あんぐおーぐが、マイが、あー姉ぇが、イリェーナがそこにいた。

 夢でも幻覚でもない。


 本物のみんながそこにいた。

 俺は今度こそ堪えきれなくなって、ボロボロと涙を流しながら言った。



「――ただいま」



 同じように号泣しながら一斉に抱き着いてくる。

 俺たちはもみくちゃになりながら、みんなでわんわんと泣いた。


 ひとしきり泣いたあと、待ってくれていた医者に診察をしてもらっていると……別室で仮眠を取っていたらしい母親が「目を覚ました」という知らせを聞いて病室に駆け込んできた。

 彼女は目の下に濃いクマが浮かび、疲れきった顔をしていた。


「このバカ娘! あんたはっ、本当にもうっ……!」


 それでも今の母親の表情は明るかった。

 俺は繰り返し「バカ」と言われながら、彼女に強く強く抱きしめられた。


 もう何度泣いたのかわからないくらいなのに、それでもまだ涙が出た。

 人間ってこんなにも泣けるものなのか、と驚く。


「わたしっ、みんなっ、にっ……言いたいことがっ、あって……」


 それから、俺はしゃくりを上げながら言葉を紡ぐ。

 目が覚めてからずっとみんなに伝えたかった。


 みんなは静かに俺の声に耳を傾けてくれて……。



「――そろそろVTuberの配信を見ていい……かな?」



 言った瞬間、みんなの空気が変わったことを感じた。

 あ、あれ? おかしいな。さっきまで感動ムードだったのに……。


「イロハのバカーーーー! オマエはいつもいつもワタシに心配かけテ、反省しローっ!?」


「イロハちゃんのバカぁ~っ! イロハちゃんには警戒心と後悔が足りないよぉ~っ!」


「イロハちゃん……さすがに今回の一件はお姉ちゃんも擁護できないよ!?」


「イロハサマはもうちょっと自分の立場を理解してくだサイ!?」


「バカ娘……あんた、体調が戻ったら覚悟しなさいよ」


 みんなから本気で説教された。

 俺は「びえぇえええん!」とさっきとはちがう意味でガチ泣きさせられた。


 で、でも仕方ないじゃないか!?

 だって意識を失う直前は、まさに「ようやく配信を見られる!」というタイミングだったのだ。


 それがあの爆発によって……って、そうだ!?

 俺は慌てて身体を起こした。


「お、お腹っ!?」


 ガバッ、と服をまくってたしかめる。

 イリェーナが「キャーっ! イロハサマーっ!」と歓声を上げていたが、それはさておき。


「あれ? 傷がない?」


 そこにはケガがなかった。

 いや、ちょこっと青あざになっているけれど……それだけ。


 むしろ、あの密林で引きずられたときについた足の傷や、殴られたときのこめかみの傷の方が痛い。

 けど、そういえばたしかに……。


 思い返してみると、あのときお腹に破片が刺さっていたはずなのにほとんど痛みがなかった。

 不思議な状況に首を傾げていると、コンコンとノック音が響く。


《おじゃましていいかな?》


 開けっ放しになっていたドアの外に立っていたのは、スーツ姿の男性。

 見覚えはないが、その立ち振る舞いから相応の役職についている人物であることは察せられた。


《すこしミス・イロハとふたりにしてもらいたいんだが、構わないかい?》


 母親たちは顔を見合わせると、うなずいて立ち上がろうとする。

 えっ、そんないきなり知らない人とふたりで置いていかれても困るんだが!? と慌てていると……。


「大丈夫ダ、イロハ。この人はママの部下だかラ。お前も会ったことがあるだロ?」


「……?」


「ほラ、ワタシの家……といってもホワイトハウスじゃなくテ、その前だけド。そこで顔を合わせただロ」


「……???」


「スマン、オマエに期待したワタシが間違いだっタ」


「この病院の個室を手配してくれたのもこの人だそうよ」


 ちっともピンと来ていなかった俺に、母親がそう説明してくれる。

 結局、だれかはわからないが……まぁ、そういうことなら大丈夫か。


 俺が了承すると、今度こそみんなが連れたってゾロゾロと部屋を出てい……。


「イロハちゃんぅ~! ちょっ、イリェーナちゃん離してぇ~!? マイはイロハちゃんとずっと一緒にいるのぉ~!? のぉおおおぉ~っ!?」


「ハイハイ、ジャマだからマイサンはちょっと外に出てまショウネー」


 ……訂正。ひとり、引きずられて出て行った。

 ガラリと扉が閉められ、ふたりきりになる。


《ひさしぶりだね、ミス・イロハ。ボクは――》


 と、自己紹介されたが覚えられそうになかった。

 今後VTuberになる予定があったりしない? ないか……そうですか。じゃあムリだ。


《それで、なんのご用でしょうか?》


《まずはこれを》


《あぁっ!? わたしのスマートフォン!》


 男性が差し出したのはジップ付きの透明な袋だった。

 中には俺のスマートフォンが入っていた……の、だが。


《こ、これって》


《あぁ、これがキミを守ってくれたんだ》


 ひび割れ、壊れたスマートフォン。

 そこには斜めに金属片が食い込んでいた。


 そっか、あのときポケットに入れてて……。

 俺が無事だった理由をようやく知った。


 最後の最後まで俺を守ってくれたのはVTuberと……そして、VTuberへの愛だった。

 それがなければ俺は充電の切れたスマートフォンを荷物だと判断して、置いてきていただろう。


 そして――死んでいた。


《もしかしたらキミは神に愛されているのかもしれないね》


《はい、VTuberは神です!》


《……??? え、えーっとそれはともかく》


 男性はごほんと咳払いして話を切り替えた。

 え、そっちが話を振ってきたのに……。


《ボクはキミにあの事件の顛末と……それから現在の世界情勢について伝えに来た。そして、これからの話を聞いてもらったうえで、ひとつキミに頼みたいことがある》


《頼みたいこと?》


《キミに”VTuber国際ライブ”に出てほしい。そして……》



《――世界を救ってほしい》

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