第261話『”運”とは確率の偏りである』


 ガチャを回せとファンが言う。

 止まらない真っ赤なスーパーチャットが俺の背を押していた。


「わかった、わかったから! 引けばいいんでしょ!? ふ、ふふ……こうなったら、とことんまでやってやる! お母さんのお説教がナンボのもんじゃい!」


>>よく言った!

>>それでこそイロハちゃんだ!

>>¥10,000 ガチャ祈願


 そうだ、ここで諦めてなんになる。

 もとより母親からのお説教は決まっているのだ。


 それなら、いっそ……みんな落ち着いて! オールイン!

 大好きなあんぐおーぐを完凸するまで全ツッパしてやる!


「い、いくよ。本当に、さらに課金しちゃうからね!?」


 チャリンとお金が溶ける音がした。

 俺は追加でガチャを回し……。


>>くっ、まだ出ないか!?

>>出るまで引けば100%だから!!

>>¥16,800 軍資金はオレたちに任せろ!


 俺がガチャを回している間も、赤スパが止めどなく投げられ続ける。

 熱狂が天井知らずに高まっていた。


「ちょっ!? ガチャは再開したし、みんなはもう赤スパ投げなくても大丈夫だからね!? あとはわたしが好きで回してるだけだから!?」


>>¥10,000 なるほど! わかった!


「わかってない!? 普通のコメントでいいから!」


>>¥10,000 普通のコメント


「それはスーパーチャットだね!?」


>>¥10,000 人生初コメント


「人生初コメントよりも先に、人生初スパチャ達成しちゃってるけど!?」


>>¥50,000 なるほど、そういう流れね?


「上限スパチャは流れでするようなもんじゃなぁあああい!?」


>>$100.00 オーケー!(米)


「海外ニキ!? わたしの思いがなにも伝わってないけど!?」


>>¥10,000 大丈夫、1万円払えば無料で赤スパできるから!


「それ1万円かかってるね!?」


>>¥10,000 リボ払い? っていうのにすれば赤スパ投げ放題って聞きました!


「それ1万円以上するやつだから! 本当にダメなやつだから!?」


>>¥9,999 お金足りなくて赤スパ投げられなかった……


「それは実質1万円なんだが!?」


>>¥10,001 足りなかった分、こっちで補填しておくね!


「わー! アリガトー、ウレシイナー!?」


>>¥20,000 あれ? オレもイロハちゃんみたいに天井いったわ


「スパチャに1日の上限額が決まってて本当によかった! これ以上はもう静観してもろて!」


>>¥10,000 なのでサブアカ作ってきました


「青天井!?」


 あまりに気軽に飛び交う高額スパチャに、頭がクラクラとしてきた。

 俺も趣味に対しては金に糸目をつけないタイプだ。


 だからといって、それ以外は一般人とそう変わらない金銭感覚をしている。

 当然、1万円というお金は決して少額ではない。


「みんな、冷静になって!? 赤スパだからね!? 1万円を稼ごうと思ったらすっごく大変なんだからね!? ほら、なにかわたしに伝えたいこととかないの!? もっとお金大事に!」


>>¥10,000 イロハちゃ


「って言ってるそばから中途半端なコメントが!? その誤爆、1文字2000円だよ!? 赤スパって普通のコメントより長文送れるのに! もっと注意して、入力したほうがいいんじゃない!?」


>>¥10,000 途中で送っちゃった


「あー、やっぱりそうかー。って、それは普通のコメントで言えばいいでしょ!? 『イロハちゃ』……の続きは!? そっちを優先すべきじゃない!?」


>>¥10,000 イロハちゃん、今日はオレ5時間しか寝てないんだよね


「どーーーーでもよかった!? 心底、どうでもいい内容だった!」


>>¥16,800 牛乳1本、たまご2パック


「赤スパは買いものメモじゃないが!? わかったよ、明日買ってくるよ!」


>>¥10,000 ついでにもやし買っておいて。これから月末まではそれで食いつなぐから


「食費削ってまでスパチャしないで!?」


>>¥10,000 子どもの給食費です。お納めください


「それは1番使っちゃいけないお金ぇえええ!? 冗談にしてもドン引きだが!?」


>>¥30,000 血液って1リットル3万円が相場だって


「その金額、もしかして売ろうとしてないよね!? というか、みんな……お金投げるならせめて、わたしにスパチャするよりも募金とかに使って――、え」


 そんなやり取りを経て、ついにそのときが訪れていた。

 ガチャ画面にラグが入る。


 画面を華やかな演出が彩り、データの読み込みが行われていた。

 そして、ボイスが再生される。



《――”ぐるるる……どーもゾンビです”。あんぐおーぐです!》



>>おぉおおおおお!!!!

>>ついにキターーーー!!!!

>>やぁ、おーぐ!(米)


「……う、う、うわぁあああん! 会いたかったよぉおおお! おーぐ大好きぃいいい! カワイイ 最高! 愛してるぅううう!」


 ここまで本当に長い道のりだった。

 感極まって、思わず涙を流しながら俺は叫んだ。


>>これは実質、愛の告白だろ

>>$500.00 イ、イロハ!? さすがにそこまで言われたら、ワタシも照れるが!?(米)

>>本人降臨してて草


「なんで、おーぐまでスパチャしてるの!? しかも上限!?」


>>って、えっ!?

>>オイ、また最高レアの演出が!?

>>これは……!?


「な、な、なぁあああ~!?」


 俺は画面を見ながら、あんぐりと口を開けていた――。

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