第262話『確率100%の愛』

 ガチャのド派手な演出が止まらない。

 画面が瞬いて……。


「え、え……えぇえええ~!? お、おーぐ2枚目!?」


 俺は10連で最高レアリティのあんぐおーぐを同時引きした。

 と、思いきや……。


>>待て、まだ終わってないぞ!?

>>ここに来て、不運の揺り戻し来てる!!!!

>>まさか、おーぐ本人からのスパチャは確定演出だった!?


 画面がキラキラと光り、最終的な結果が表示された。

 とんでもない光景がそこにはあった。


「い、一気に3枚もおーぐを引いちゃったんだけど」


 どうしていいかわからず、とりあえずパシャリとスクリーンショットを取った。

 不幸っていうのはいつもまとめてやってくる。


 しかし、まさか幸運が連続することもあるだなんて。

 というか、もしかして……。


「あれ? これですでに貯まっていた引き換えアイテムと合わせて……足りる、よね?」


>>たしかにいけるな

>>アイテムの数的にもピッタシやな

>>やはり、最後に勝つのは愛だったか


「みんな、今度こそゴールしてもいいよね? ……おーぐ完凸、達成だぁあああ!」


>>これで結果的に全キャラ完凸かw

>>¥16,800 おぉおおお~! おめでとう!!

>>¥10,000 今ならまだスパチャ間に合うぞ!


「いやいや、もう投げなくていいから!? 引けたから! 大丈夫だから!」


 慌ててみんなを制止する。

 まったく、これ以上はこっちの心臓がもたない。


「ちょっとスーパーチャットもらいすぎちゃったから、わたしのほうでこのゲームや今後の活動……あるいは募金とか、なにかしらに還元させてもらうね」


 今回はこういうお祭り騒ぎになっちゃったが……。

 べつに配信というのは、スーパーチャットを投げないと楽しめないものでもない。


 ただ見てくれるだけで。

 普通にコメントをくれるだけで。

 チャンネル登録してくれるだけで。

 高評価を押すだけで。


 きっとキミの推しだって、十分によろこんでくれるだろう。

 逆に、お金のかからないそれらは……すこしでも気が向けば、してあげてほしいと思う。


 それが彼ら彼女らの大きなモチベーションになるから。

 ぜひ応援してあげてほしい。応援できるうちに。


>>オレらが好きで投げただけやから、気にせんでええんやで

>>楽しかった

>>¥10,000 クソっ、乗り遅れたか!?


「……あはは。まぁ、みんな楽しかったなら、べつにそれでいいか。それじゃあ、みんな”おつかれーたー・ありげーたー”!」


>>おつかれーたー

>>おつかれーたー!(米)

>>次回もまたガチャ配信、楽しみにしてます!


 そうして俺は”はこつく”のガチャ配信を終えた。

 それから、ゆっくりと深呼吸して……。


「……さ、さて」


 意を決してスマートフォンを手に取る。

 それは激しく震えていた。

 

 ……あっ、ちがう。

 これ、震えてるのは俺の身体だ。


「あびゃびゃびゃ」


 これから最大の問題に向き合わねばならない。

 ガクガクと恐怖で震える指先で、応答ボタンを押した。


「も、もしもし……お母さん?」


 発した声はあまりにもか細かった。

 電話の向こうから、どこか嵐の前の静けさを思わせる声が聞こえてくる。


『あら、よかった。あんたも今回はちゃーんと、叱られる自覚があるみたいで』


「ちちち、ちがうのお母さん! こ、これは……そう! VTuber特有の文化っていうか? お母さんはそういうのあまり詳しくないかもだけど! これくらいの課金は普通だよ、普通!」


『ふーん。へー。ほー?』


「そそそ、そうだよ! それにほら? ガチャで使ったお金よりも、スーパーチャットでもらった金額のほうがずっと大きいし? お母さんが心配するようなことはなにもないっていうか!」


『そーなのねー?』


 一縷の望みをかけて、俺は誤魔化しにかかった。

 しかし、のどは引きつり、今にも嗚咽がこぼれてしまいそうだった。


 な、なぜこんなにも恐怖が身体を支配しているんだ!?

 俺の精神は立派な成人男性のはずなのに……!


『ちなみにお母さん、最近マネちゃんさんと仲がいいんだけど』


「あっ」


 そうだったー!? まさか猫友がここで活きてくるだなんて!?

 ……ダメだこれ。


『叱られたくなくて、お母さんを騙そうとまでして。なにか言い残すことはある?』


「……ご、ごめんなさぁあああい!」


『イロハぁあああ~ッ!』


「ひぃいいいんっ!」


 その後、俺は電話ごしに正座させられ、とうとうとお金の大切さを教え込まされた。

 ギャン泣きしても、決して許されず……。


   *  *  *


《ひっぐ、えっぐ……お~ぐぅ~。た、助けてくれてっ、ひっぐ……ありがっ、うぅっ!》


《お、おぅっ!? ……よ、よしよーし》


 お説教はあんぐおーぐが仲介に入ってくれることで、ようやく止まった。

 俺はというと、彼女のお腹あたりに抱き着きながら鼻水をすすっており……。


 ……ん???


 なんだかやらかしているような気がしたが、今はそれ以上を考える思考力が残っていなかった。

 彼女は頭をなでて、俺を慰めてくれていた。


《めちゃくちゃ叱られた上に、課金に制限をかけられた……うぅっ! もうガチャできないよぉ~!》


《あ~、まぁ、そうなるよな。なんかスマン。ワタシもスパチャしちゃったし》


《でも仕方ないじゃん! どうしても、おーぐが欲しかったんだもん! おーぐのことが大好きなんだもんぅ~! びえぇえええ~ん!》


《!?!?!? なぁ、イロハ……やっぱりオマエ、ワタシに惚れてるだろ!?》


《あ、いや。それとこれはべつって言うか》


《なんでだよ!? これ絶対に悪いのワタシじゃなくてイロハだよな? だれだってこんなの勘違いするぞ!? 逆にオマエ、なんでそれでワタシ自身を好きじゃないんだ! おかしいだろ!》


 そう言われても困る。

 だって、あんぐおーぐ自身のことをどう思っているか。そんなの……。


 ――俺にもまだ、わからないのだから。


   *  *  *


 そんなガチャ配信を終えた、数日後だった。

 トラブルの発端となるできごとが起きたのは。


 俺はドンっとハイスクールで人にぶつかり、尻もちをついた。

 見上げたそこには……。


《……あァ?》


 あきらかにガラの悪い男子生徒が立っていた――。

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