第267話『みんなで叶える夢』

《証拠が必要って言ってたよね? さっきのやりとりは全部、動画に撮ってるから。これ以上やるなら、本当に警察に通報するから》


 俺はそう不良に告げる。

 もちろんウソだ。そんな撮影している心の余裕はなかった。


 だが、ただのハッタリというわけでもない。

 校舎内から俺たちを見ているヤジウマの中には、撮影している人もいるだろう。


《で?》


《……えっ?》


 しかし不良はまったく動じなかった。

 むしろ、こちらをバカにしている様子だった。


《えっと、だから、警察に》


《やってみろよ。ただし、そのときは覚えてろよ。ムショから出たら、そのときはオマエも……オマエの家族にも、友人にも、地獄を見せてやる》


《なっ!?》


《何年経とうと、どこへ行こうと、絶対に許さない。見つけ出して、必ずメチャクチャにしてやるよォ》


 そういえば女子が、この不良は何度も捕まっていると言っていたっけ。

 あきらかにタガが外れていた。


 交渉が通じるような相手ではなかったと今さら悟った。

 不良が「ギャハハハ!」と笑って、言ってくる。


《じゃあ明日、とりあえず……1万ドルでいいぜ。持ってこいやァ》


《は……!?》


 脅すにしても、いきなり100万円以上を要求してくるだなんて。

 常軌を逸しているにもほどがある。


《お金を渡すつもりなんてない! そもそも、そんな大金……》


《できんだろ? オマエなら・・・・・。それともなんだ、家まで取りに来て欲しいのかァ?》


《……っ!》


 ケタを間違えているようなさっきの要求は、もしかして……。

 コイツはすでに俺たちの住所まで突き止めているのかもしれない。


 いや、そもそも……”どこまで”知られている?

 俺がVTuberであることは? 同棲しているあんぐおーぐのことは?


《こ、このっ……!》


 あんぐおーぐの身が危険に晒されることはないだろう。

 彼女は俺なんかよりもずっと大勢のシークレットサービスに護衛されているし。


 だが、もしも住所を晒されるなんてイヤがらせをされたら……。

 きっと、引っ越しを余儀なくされる。



《――最低のクソ野郎・・・・ぉっ!》



 俺はアメリカへ来てからはじめて、Fワードを使った。

 怒りが収まらなかった。こいつはさっきから俺の一番大切なものばかり……!


 引っ越しには当然、手間や時間がかかるだろう。

 そうしたら、あんぐおーぐの生活に……そして、なにより配信や収録のケジュールにも影響が出るのは確実。


《絶対に、そんなことはさせない!》


 こんなクソ野郎のせいで、大切な推しの配信がなくなる?

 そんなの許せるわけがない!


 なにより、あそこは他人が土足で踏み荒らしていい場所じゃない!

 あの家はもう俺にとって……。


《アレもムリ、コレもムリ……だったらこうするかァ? 身体で稼いでもらおうじゃねェか。世の中にゃァ、オマエみたいなのが大好きなペド野郎がたっくさんいるからよォ!》


《……痛っ!? この、離してっ!》


「イロハっ!」


 腕を掴まれ、引っ張り上げられる。

 それだけで身体が浮きそうになり、つま先立ちになった。


 シテンノーがこちらに駆け寄ろうとするが、ほかの不良に地面へ押さえつけられる。

 俺はそんな状況でも、キッと不良を睨み返した。


《わたしはあなたたちの言いなりになるつもりはないし、あなたを許すつもりもない!》


《オマエ、頭が悪ィだろ? まだ状況わかってねェのか? それともなんだァ、勇敢なヒーローでも現れて助けてくれるとでも信じてんのかァ?》


 ヒーローは、いる。

 いざとなれば……あるいは時間を稼げば、必ずシークレットサービスが助けてくれるはずだ。


《これだからナードどもはよォ。もっと現実見ろっつゥの。あー、アレもそうだ。ほら、アイドルがどォとか、アニメがどォとかよォ》


《……なんの話》


《だからよォ、どうせそいつらも裏ではヤることヤってるって話だよ。オマエらがさっきからこだわってる、MyTuberの……なんだっけ? まァいいか、そいつらだって同じだっての》


《……は?》


《わっかんねェかなァ? だから――いい加減、夢を見るのはやめろって言ってんだよ》


 現実と仮想は違う。

 だから、そんなものは関係ない。


 そう言い切ってしまえれば、どれほど楽だろう?

 けれど、実際には現実と仮想は表裏一体で……。


《なんだァ、反論はナシかァ?》


 VTuberだって人間だ。

 だから、”そういうこと”だってあるだろう。


《そんなこと、わかってる……》


 それと同時にファンだって人間だから。

 推しの幸せが自分の幸せ! 彼氏がいたってなにがあったって受け入れて応援する!


 と、必ずしも割り切れるわけじゃないことも知っている。

 それでも……。


《……が悪い》


《あァん?》



《――夢を見てなにが悪いっ!?》



 俺は叫んだ。

 頭の熱は増し続けていた。


《信じたいものを信じて、なにが悪い!?》


 「VTuberである自分と自分自身は別人なんだから、なにをやったって自由だろ?」と。

 そう言って奔放に振舞う人もいる。


 だが、VTuberの多くはすこしでもファンに正直で、誠実でありたいと願っている。


《わたしたちはっ……!》


 異性とコラボしたら「そういうのを表でやるな」と怒って、裏で異性と遊んだら「裏切りだ」と攻めたてて。

 過敏になってしまう人もいる。


 だが、それ以上にたくさんのファンが、純粋にその配信を楽しもうとしてくれている。


《推し活ってのは、どちらか片方じゃ成り立たないから!》


 ――自分はみんなの推しだから。

 ――推しはみんなのものであって欲しい。


 もちろん、それらは売りかたによって変わるだろう。

 しかし、それでも変わらないものがあって……。


《わたしたちの夢は、ひとりじゃ見れないものなんだよぉっ!》


《……なんだコイツ、意味わかんねェ。やっぱ理解できねェわ、オマエらみたいな……》



《《――頭のおかしいヤツらは》》



 俺はそう声を被せた。

 瞬間、不良がピクリと顔を震わせた。


《あなたにはわからないかもね。けど、わたしにはわかるよ。――あなたの考えていること・・・・・・・が》


 そう言って、俺はジッと不良を見つめた。

 頭の熱はついにピークへと達していた――。

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