第268話『言葉の”0文字目”』


《……はァ? オレの考えていることがわかる、だァ?》


 不良は一瞬だけ目を見張り……しかし、すぐにバカにしたような顔になった。

 俺の腕を掴んだまま「ギャハハハ!」と笑う。


《なに言ってんだオマエ? マジで頭おかしいんじゃねェの? たまたま言葉が被ったくれェで。じゃあ……《オレが考えてることを当ててみ》――っ!?》


 再び言葉を被せると、不良の動きが止まった。

 彼は不気味なものでも見たかのような目をしていた。


 周囲の不良たちにも、ざわりと動揺が走ったのがわかった。

 俺はジっと不良に視線を向け続ける。


《《……は、ははッ。人の発言を何度か当てたくれェでなにを得意になって……やめろ! オレの言葉をマネするな! やめろ、やめろって言ってんのが聞こえねェのか!? こんのっ……!》》


 俺はただ不良に言葉を重ね続けた。

 やがて、彼はストレスが限界に達したのか拳を振り上げる。


 腕を掴まれている俺は逃げることができない。

 ギュッと目をつむって、衝撃に備え……。


《――っ! こんのっ、ジャマすんじゃねェ! くっつくな、殺すぞ!》


「イロ、ハっ……!」


 シテンノーが不良にしがみついていた。

 彼は不良たちが動揺した隙を突いて拘束を抜け、不良にタックルしていた。


《ちっ、クソが……!》


「きゃっ!?」


 さすがに片手でシテンノーを振り払うのは厳しいと判断したらしく、俺は投げ捨てるように解放された。

 地面を転がり、全身を鈍い痛みが包む。


 しかし、すぐに身体を起こして不良へと視線を向けた。

 そして言葉の先読みを再開する。


《《あァ、クソ……いつまでも引っ付いてんじゃねェ、うぜェんだよ! ナード風情が……オマエもいつまでオレに言葉を重ねてんじゃねェ! あァ~クソ、オレをイライラさせるなァあああ!》》


「うっ!? がはっ……ぎっ!? くっ……!」


 シテンノーは肘打ちや膝蹴りを食らって呻くが、決して不良を放そうとはしなかった。

 俺もジっと不良を観察し続けた。


《《なんだ、その目は……見てんじゃねェよ、クソガキがァ! だから、クソっ……いつまでも言葉をっ! だから、このっ、やめろ……!》》


 不良たちが支配していたその場の空気が、揺らぎはじめていた。

 彼らはこの異様な事態に混乱した様子で、こそこそと言葉を交わしていた。


《……なんだこれ》


《ちょっと、ヤバいってアイツ》


《なぁ、まさか本当に心が読めるんじゃ》


 俺がそちらへ視線を向けると、不良たちはまるで心を読まれまいとするかのように視線を逸らした。

 敵はもはや、不良ひとりになっていた。


《《うぜェ、うぜェ! いつまでもオレにくっついてんじゃねェ! オマエもこれ以上、オレの言葉を繰り返すなァ! いい加減に黙れェ! オレの……》》



《《――オレの心を読んでんじゃねェえええ!》》



 不良は発狂したかのようにそう叫んだ。

 それからすぐに「はっ」としたように動きを止めた。


 今の発言は”それ”を認めたようなものだった。

 そう、今の俺には相手の心が……。



 ――読めるわけねーだろ、バーカ!!!!



 そんな超能力あったら、もっと有効活用してるわ!

 では、いったいどうやってこんな超常現象じみたことを実現したのかというと……。


《《ちがっ……クソッ! これはなんかのトリックだろォ!? 白状しやがれェ!》》


 不良の言うとおり、これはタネも仕掛けもあるトリックだ。

 あるいは、ある種のテクニックにすぎない。


《《なんだ……なんで、オレの言おうとしてることがわかる!? 答えろォ!》》


 不良に教えるつもりはないが……タネあかしだ。

 たとえば日本語において、だれかが「あん」と発音したとしよう。


 それが「あんこ」と言おうとしているのか、それとも「あんま」と言おうとしているのか。

 判別することは、じつは簡単だ。


《《なにか、オレのクセを見抜いて? いや、でもそんなこたァ……》》


 クセ、というのは正確ではない。

 なぜなら、それはだれにでも発生する”必然”なのだから。


 具体的には「あんこ」と「あんま」では……。

 2文字目である「ん」のとき、必ず口の形が異なるのだ。


 「あんこ」のときは「ん」で口が開かれ、「あんま」のときは閉じられる。

 やってみてもらえれば、その差はすぐにわかることだろう。



 ――言葉は1種類じゃない。



 大きく分けただけでも「ん」には[m][n][ŋ]の3種類がある。

 文字としては同じでも、音声学上では明確に区別できるのだ。


 いや、それどころか……1文字目である「あ」の時点ですでに音が違う。

 「あんこ」のときは音程が高く、「あんま」のときは低い。


《《人の心を読めるだなんて、んなバカな話があってたまるかァ!》》


 そう。心なんて読めない。

 だが、言葉なら先が読める。


 3文字目のヒントが2文字目に、2文字目のヒントが1文字目に隠れているのだから。

 いや、そもそも言葉はそのあとに続く言葉の数だけ、無数に派生があって……。


《《答えろォ! どうやってんだァ!? ……あァ、そうだ。今すぐタネあかししたら、このボーイフレンドクンのことは許してやるよ。どうだァ? 聞いてんのか、オイ!?》》


 俺は不良の交渉をムシした。

 こいつが約束を守るはずなどないことくらい、もうわかっている。


 それに、暴行を受けながらもこちらを見るシテンノーの目が語っていた。

 「こんなヤツのいうことは、聞く必要ない!」と。


《《オマエらァ、ナメてんじゃねェぞォおおお!》》


 ……続けよう。

 じゃあ、その”ヒント”がない1文字目はどうやって予測しているのか?


 決まっている。

 1文字目よりも、さらに前……。



 ――言葉の”0文字目”を聞けばいい。

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